〈改稿版〉traverse
107/171ページ
右手で痕を覆う、そんな事をしても無駄なのに。
あれだけ引っ掻いた私の爪痕は消えたのに、これだけ、まだ消えない。
元ちゃんが私の右手首をそっと握った。無理に剥がそうとはしなかったけれど、元ちゃんの手が震えているのが分かって、私の心臓がギュウッと鷲掴みにされた。
「勇実…? なんかあった…?
でなきゃ…こんなとこ…」
元ちゃんの目を見れない。
言わなきゃ。元ちゃんに真相を、言わなきゃ。
でも。
言葉が出ないよ。
口がパクパクするだけだよ。
あの夜の出来事が、私の声を奪う…ボロボロと…涙が伝う…
ただ泣くだけの私に、元ちゃんは溜め息をついて…ボソリと言った。
「…ダレだよ…こん…な…
…勇実…
……
……
…そりゃないだろ…」
元ちゃんの絶望したような声に、私は絶望した…
気付いた時には、私は元ちゃんの手を振り払って、路地を飛び出していた。
元ちゃんも…追いかけてこなかった…
…もう、元ちゃんのそばにいるのを許されないかもしれない。
…