〈改稿版〉traverse
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(★)
元ちゃんのお休みの木曜日、講習が終わる時間に合わせて元ちゃんが学校まで迎えに来て、
「俺ん家でメシ食わない?」
と言った。
「行っていいの? 大将は?」
「朝から釣り行っててさ、大物釣ってくるからメシの準備しとけ!って(笑)」
「そうなの?(笑) じゃあ私も手伝う」
こうして私は、元ちゃんの家に初めておじゃまする事になった。
元ちゃんは、早くにお母さんを亡くして…大将とふたり暮らし。仏壇に手を合わせて、元ちゃんと一緒に夕飯の支度をした。
ごはんに味噌汁、小さなおかずを何品か作って、大将の帰りを待ったけど、まだ帰らない。
「勇実…こっち」
元ちゃんに手を引かれて、元ちゃんの部屋に入った。
漫画本ばっかりで、男の子らしい部屋。意外にきれいに片付いていた。
入るなり、元ちゃんにギューッと抱きしめられた。そして、ベッドに座らされて、両手で頬を包まれて、唇をついばまれる。
触れるだけのキス、唇が少しずつ濡れていって、溜め息が漏れる。
「…勇実…やさしく、するから…」
元ちゃんが覆い被さってきて、私はベッドに押し倒された。両手を恋人繋ぎで押さえつけられる。
心臓がバクバクし出した。全然違うのに…違うのに…どうしてもサナダを思い出してしまう…
「…っ、元、ちゃん…大将、帰って…きちゃ…う…」
身をよじって元ちゃんから脱出しようとしても、元ちゃんがしっかり固める…
「好きだよ…勇実…あいしてる…」
元ちゃんがシャツのボタンを外しにかかった。
「──イヤ…ッ!」
掠れ声の小さな悲鳴をあげた、私。
元ちゃんは手を止めて、私を驚いた顔で見つめた。
目尻に溜まった少しの涙が、今にも零れそうになっていた。
「オーイ、帰ったぞー」
玄関から大将の声、バタンと閉まるドアの音。
私は元ちゃんの腕の中で、さっと体を横に向けた。
元ちゃんはしばらく私を見ていたけど、その内にゆっくり起き上がって、私の事も起こした。
「…悪ィ…また俺、突っ走っちまって…
…行くか。魚、捌かなきゃなぁ」
元ちゃんは少し寂しそうにつぶやいて、部屋を出た。
自分が思う以上に…爪痕が深かった。
…