〈改稿版〉traverse
103/171ページ
返事はいらない。
あの日、びっくりした。予定より早くこっちに帰って来たんだ。
仕事終わって、いつもの場所に寄ろうと思って行ったら、あそこにイッサの自転車が倒れてて。
血の気が引いた。イッサに何かあったのかって。辺りを見回しても、誰もいないし。
でも、かすかにイッサの叫び声が聞こえて、それを頼りに探したら…見つけられたんだ。
どういう経緯でああなってたか、全部アイツに聞き出した。
アイツ、あんまりヘラヘラ笑うから、カッとなって…気づいたら殴ってた。
アイツもやり返してきて…パンチもろ貰っちゃって、さっきの顔見たでしょ? あのザマだよ。
そうする内に、お巡りさんが路地の外から声掛けてきて…
俺、アイツのカバン漁って、アイツの名刺見つけたから、それ突き付けて言ってやったんだ。アンタの会社にこの事全部バラしてやるって。
そしたら逃げてった。お巡りさんに、何でもないですってペコペコしながら。
俺も、具合悪そうにしてたから介抱してただけってウソを言って…そのまま帰ったんだ。
ずっとイッサが気になってた。今日顔見れて、ほんとによかった。
もう大丈夫だから、イッサは自分の事だけ考えて。
ゆっくり…忘れて。
このLINEも、読んだら消して。俺も消すから。
この画面を開いたまま、私はスマホをカバンにしまった。
零れそうになる涙を、まぶたの奥に無理矢理閉じ込めた。
そのせいで、はあ…と静かに吐いた息が、やたらと熱かった。
…