〈改稿版〉traverse

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 返事はいらない。



 あの日、びっくりした。予定より早くこっちに帰って来たんだ。

 仕事終わって、いつもの場所に寄ろうと思って行ったら、あそこにイッサの自転車が倒れてて。

 血の気が引いた。イッサに何かあったのかって。辺りを見回しても、誰もいないし。

 でも、かすかにイッサの叫び声が聞こえて、それを頼りに探したら…見つけられたんだ。



 どういう経緯でああなってたか、全部アイツに聞き出した。

 アイツ、あんまりヘラヘラ笑うから、カッとなって…気づいたら殴ってた。

 アイツもやり返してきて…パンチもろ貰っちゃって、さっきの顔見たでしょ? あのザマだよ。

 そうする内に、お巡りさんが路地の外から声掛けてきて…

 俺、アイツのカバン漁って、アイツの名刺見つけたから、それ突き付けて言ってやったんだ。アンタの会社にこの事全部バラしてやるって。

 そしたら逃げてった。お巡りさんに、何でもないですってペコペコしながら。

 俺も、具合悪そうにしてたから介抱してただけってウソを言って…そのまま帰ったんだ。



 ずっとイッサが気になってた。今日顔見れて、ほんとによかった。

 もう大丈夫だから、イッサは自分の事だけ考えて。

 ゆっくり…忘れて。

 このLINEも、読んだら消して。俺も消すから。





 この画面を開いたまま、私はスマホをカバンにしまった。

 零れそうになる涙を、まぶたの奥に無理矢理閉じ込めた。

 そのせいで、はあ…と静かに吐いた息が、やたらと熱かった。





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