traverse

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 名刺に書かれていたレコード会社は、聞いた事が無いところだった。

「話…聞いてみたいな」

 長いこと名刺を眺めていたタツミくんはボソリと呟いて、その日はそれで帰っていった。

 花金だったのに、カンダさんとオダギリさん以外、人ひとり通らなかった。そんな事もあるんだな。



 それからというもの…タツミくんがどうするのか、気になって気になって仕方がなかった。

 月曜日、【喫茶KOUJI】にタツミくんは現れなかった。

「あれぇ、彼、来ないね? イサミちゃん、何か知ってる?」

「さぁー…用事でも出来たんじゃないの。あ、じゃあ今日は、イサミちゃんプレートね(笑)」

 マスターにそう答えながら、タツミくんはきっと、オダギリさんに連絡を取ったんだろうなと思った。

 オダギリさんは良さそうな人だったけど、馴染みのないレコード会社、変な、危ない所だったらどうしよう。

 タツミくんはしっかりしてるから、そんなのには引っ掛からないかな。でも、心配。

「イサミちゃん? モーニング、なんかマズかった? すんごい、眉間にシワ寄ってるんだけど…」

 食べながら考え事をしていたので、マスターが心配して覗き込んできた。

「へっ、イヤ、なんでもナイよ。ごはん、美味しいよ。ゴメン、ちょっと考え事(笑)」

「あぁそう? まぁ、若い時は色々あるよネ~」

 なんか意味深な事を言い残して(笑)、マスターはキッチンへ戻っていった。

 どうせ明日、逢えるよね?



 そして火曜日、やっぱり逢えた。

 信号の先にタツミくんの姿を捉えて、ペダルを早く漕ぐ。タツミくんの目の前で、キキーッと派手にブレーキを鳴らした。

 この日も何故だか、お客さんがいなかった。

「はあっ、タツミくん、いたっ」

「ちょっと、イッサ。慌て過ぎ(笑)」

 ベンチに座って休憩していたタツミくんは、クスクス笑いながら立ち上がって、私に近づいた。

「だって…昨日、【喫茶KOUJI】に来なかったじゃん。
 あの…したの? 連絡…」

 ドキドキしながら、聞いてみる。

 すると、タツミくんはニコッと笑って…話してくれた。

「うん…あのね。連絡取ったよ。それで昨日、名刺のレコード会社に行って、オダギリさんの話を聞いてた。
 オダギリさん、アレンジャーだったよ。
 あそこね、設立してまだ間もなくて、規模も全然小さくて、今、スカウトに力を入れてるんだって。
 もし俺にその気が…プロになりたい気持ちがあるのなら、その手伝いをしたいと言ってくれた。
 でも、まずは、今この場所で、どんどん歌いなさいって。
 沢山の人に聴いてもらいなさい、同じ人が何度も聴きに来たがるように、心を込めて歌いなさいって。
 キミを手伝える準備が整ったら…迎えに行くって」





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