traverse

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 夏が過ぎて、日中はまだ汗ばむけれど、陽が落ちると急に肌寒くなる季節になった。

 路上のタツミくんは、薄手のジャケットを着込むようになり、片手に缶コーヒーを持ちながら休憩する姿をよく見かける。

 私は相変わらず、自転車に跨がったまま一曲聴いて、そのまま帰っていくのを続けていたんだけれど、ある日珍しく、タツミくんの前に誰もいなかったので、

「今日くらい、自転車降りたらどう?」

 とタツミくんに言われた。

「え…と、そー…だね」

 一応、キョロキョロと辺りを見回して、タツミくんの歌を聴きに来る人がいないかどうか確かめてから、自転車から降りる。

「不審者みたいだよ(笑)」

 そんな私を、タツミくんはケラケラと笑った。

「失礼な。気を遣ってんですよ、これでも」

「気にしなくていいのに。堂々といりゃいいんですよ。俺にとって…一番最初のリスナーですから」

「ふふ…ウソばっか。私と逢う前にも、聴いてた人いたでしょ?」

「そりゃ少しくらい、足を止めてくれる人はいたけど…ここまでガッツリ話し込んだ事はなかったよ(笑)」

「ほらぁ、やっぱり私、ジャマになってるじゃん」

「もう、だからさぁ、そんな風にお願いだから思わないで。
 今日くらい…今日みたいに…
 誰もいなければ問題ないでしょ?」

 少し怒った顔の、タツミくん。気圧されてこくりと頷くと、タツミくんはほっとした顔になった。

「お久しぶりですね、何かリクエストありますか?」

 急にお客様対応になるから、思わずぷっと吹き出した。

「もう、タツミくんってば…あぁほんと、久しぶりに来てみましたよ(笑)
 じゃあ、そしたら…□□の【○○○○】」

「お、渋いですね(笑) よく知ってるね? だいぶ昔の曲よ?」

「ふふ…お父さんがよく聴いてたよ。夏も過ぎたし、今にピッタリじゃない?
 っていうか、タツミくんもよく知ってるね(笑)」

「うちの父さんもよく聴いてた。でね、初めてギターで弾いたのが、この曲」

「へえ! そういえばタツミくんって、いつからギターやってるの?」

「弾きたい! って思って始めたのは中3の時かな。
 …って、もう歌っていいですかね?(笑)」

「あっゴメンゴメン!(笑) どうぞどうぞ」

 クスクス笑いながら前奏を弾き始め、一度咳払いをしてから、タツミくんはのびやかに歌い始めた。

 夏の終わりを切なげに、懐かしむように歌われるこの曲は、タツミくんの声にすごく合っていると思った。

 目を閉じて歌声を聴きたいところだけど、それはもったいないような気がして、タツミくんをずっと見ていた。

 洒落た街灯、二人掛けのベンチ、そして歌うタツミくん。これこそが、ここの風景だと思った。

 なんかいいなぁと思って、ふふっと笑みをこぼしていたら、タツミくんと目が合って、

【ナニ笑ってんの?】

 と口パクで聞いてきたから、

【いいなーって、思っただけ!】

 と口パクで返した。





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