traverse
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(★)
お盆休みが終わり、翌日の火曜日から整体の講習が再開されて、いつもの日常に戻った。
勉強に仕事に、がむしゃらに打ち込んだ。サナダとの事を早く忘れたかった。
【きたいわ屋】での勤務も、至って通常…のつもりだったけど、
「オマエ、病み上がりのクセに飛ばし過ぎ。無理すんな」
ハジメちゃんに見抜かれた。
「いつもの味噌はまだダメか? 冷やし中華とかがいいか?」
「ふふ…うん。ハジメちゃん、ありがと」
元々夏バテなんてのはウソなんだけど…ハジメちゃんの気遣いが嬉しい。
上がりの時、ハジメちゃんにそっと手首を掴まれた。
「っ!!」
ビクッとしてしまった。あの夜を…思い出してしまう。ハジメちゃんに気付かれてしまう。
「あ、あの、ハジメちゃん…」
「オマエやっぱ、まだ顔色悪い。今日は…やめような」
裏口での秘め事。心臓がバクバクする。ハジメちゃんとサナダ、全然違うのに…暗がりの路地で、という共通点に吐き気がした。
「…うん…ごめんね…」
外まで見送ってくれて、素早くキスだけしてくれた。唇だけは守り通せた、それが唯一の救いだった。
ハジメちゃんのお休みの木曜日、講習が終わる時間帯にハジメちゃんが学校まで迎えに来て、
「俺ん家でメシ食わない?」
と言った。
「行っていいの? 大将は?」
「ん? 朝から釣り行っててさ。大物釣ってくるからメシの準備しとけ! って(笑)」
「そうなの? じゃあ私も手伝う(笑)」
こうして私は、ハジメちゃんの家に初めておじゃまする事になった。
ハジメちゃんは、早くにお母さんを亡くして…大将とふたり暮らし。仏壇に手を合わせて、ハジメちゃんと一緒に夕飯の支度をした。
ごはんに味噌汁、小さなおかずを何品か作って、大将の帰りを待ったけど、まだ帰らない。
「勇実…こっち」
ハジメちゃんに手を引かれて、ハジメちゃんの部屋に入った。漫画本ばっかりで、男の子らしい部屋。意外にきれいに片付いていた。
入るなり、ハジメちゃんにギューッと抱きしめられた。そして、ベッドに座らされて、両手で頬を包まれて、唇をついばまれた。
ちゅっ、ちゅっ、と触れるだけのキス。唇が少しずつ濡れていって、んっ…と息が漏れる。
「…勇実…やさしくするから…」
ハジメちゃんが覆い被さってきて、私はベッドに押し倒された。片手を恋人繋ぎで押さえられて、もう片手でシャツの上から胸を弄られる。
心臓がバクバクし出した。全然違うのに…違うのに…押さえつけるという共通点で、どうしてもサナダを思い出してしまう…
「だ…め…ハジメ、ちゃん…大将、帰って…きちゃ…う…ん」
身をよじってハジメちゃんから脱出しようとしても、ハジメちゃんがしっかり固める…
「好きだよ…勇実…あいしてる…」
ハジメちゃんがシャツのボタンを外しにかかった。
「イヤ…ッ!」
掠れ声の小さな悲鳴をあげた。
ハジメちゃんは手を止めて、私を驚いた顔で見つめた。
目尻に溜まった少しの涙が、今にも零れそうになっていた。
「オーイ、帰ったぞー」
玄関から大将の声、バタンと閉まるドアの音。
私はハジメちゃんの腕の中で、さっと体を横に向けた。
ハジメちゃんはしばらく私を見ていたけど、その内にゆっくり起き上がって、私の事も起こした。
「…悪ィ…また俺、突っ走っちまって…
…行くか。魚、捌かなきゃなぁ」
ハジメちゃんは少し寂しそうな顔をして、部屋を出た。
自分が思う以上に…爪痕が深かった。
…