traverse

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「手前味噌ですが、ご静聴、ありがとうございました」

 タツミくんがそう言うと、よかったよ! おねーさんもいい声してたよ! という声が飛んだ。

「フフッ、イッサ、プロ目指してみる?(笑)」

 タツミくんがイタズラっぽく笑って言うから、

「いやいやいやいや! それはタツミく…お兄ちゃんだけやって下さい!
 私は! マッサージ師になるんで!」

 ものすごい勢いで首と両手を横に振りながら否定したら、ドッと笑いが起こった。最後の最後まで、漫才みたいだった(笑)

 それを合図に、お客さん達がパラパラと散り始めた。

 ナギサがおずおずと私の所へ寄ってきて、

「この前は、早とちりでやっかんじゃってゴメンナサイ。親戚だったなんて。あなたの歌も、よかったです」

 と言ってくれた。少々、膨れっ面だったけど(笑)

 そしてタツミくんに、

「すっごいよかったです! 次も、見させてもらいますね」

 と、ものすごいにこやかに言った(笑)

「ありがとうございます。次は…来週にやれるかどうか。ちょっと、実家に帰らなきゃならないんで」

 帰り支度をしながら、タツミくんは言った。

 じゃあ1週間後、ちょこちょこ覗いてみますねと言い残して、ナギサは帰っていった。

 同時に、タツミくんがパタン、とギターケースを閉じた。

「じゃーイッサ、俺、このまま実家帰るね。
 次…逢ったら、打ち上げでもしようか?」

「タツミくん。あの、あのね」

 私はタツミくんの言葉を遮った。言わなきゃ。

「私ね、もう、タツミくんとは…
 これからは、【きたいわ屋】の帰り道でも、ここで止まらない。
 【喫茶KOUJI】でも、長居しない。
 これ以上…ハジメちゃんを心配させたくない…」

 一気に喋った。

 途中で、声が詰まりそうになった。

 こんなに楽しかったのに。

 でも、こうしないと、ハジメちゃんがいつまでも安心できないんだ。

 今自分が発した言葉が重た過ぎて、耐えきれなくて俯いてしまった。





「分かってるから。



 俺も…ハジメさんに言われたから」





 タツミくんの言葉に、顔を上げないまま目を見開いた。





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