traverse

73/168ページ

前へ 次へ


 タツミくんがお客さんの方へ向き直り、

「えー、沢山の方々に足を止めて頂いて、恐縮です!
 後藤樹深です。いつもは違う曜日、もう少し遅い時間帯でやっていますが、諸事情により…新しく作った歌を、今、ここで披露させて下さい」

 と言うと、ざわめきがピタッと止んだ。

「こちら、曲作りを手伝って貰った、今日一緒に歌ってくれる、僕の親戚、イサミです。どうぞよろしく」

 タツミくんがそんな風に私を紹介したので、私はビックリしてタツミくんを見た。

 タツミくんはふっと笑って、何か言って、と顎で誘導する。

「あ、えと、イサミです。タツミ…お兄ちゃんのワガママに付き合わされて、こうして前に出てきちゃいました。これきりなので、どうかお許し下さいっ」

 勢いよく頭を下げると、笑いと共に温かい拍手が私に降りてきた。

 そーっと頭を上げると、ナギサとバチッと目が合った。

 ナギサは…ホッとした顔をしていた。タツミくんのウソを信じたみたい。

「一夜限りだけど…ユニット名付けようか?」

 本物のライブのMCさながらにタツミくんが喋るので、クスクス笑いのたえない観客側。

「えっ、今?」

「うん。実は、もう考えてあるんだよね(笑)」

「えーっ、また一人で暴走するんだから…(笑)」

「traverse」

「え? なんて?」

「トラバース。横切るとか交差するって意味。ここみたいに…道だけじゃなくて…人も…出来事も…全部引っくるめて」

 おぉーっ、とお客さん達が感嘆の声を上げる。

「うん…まぁ…いいんじゃない?」

「ほんとにそう思ってるの?(笑)」

「思ってますって(笑)」

 私達の漫才みたいなやりとりで、だいぶ温かい雰囲気になってきた。

「ではでは…聴いて下さい。曲名は…
 【hurrayフレー】」


 私が付けた曲の名前を、タツミくんが静かに言う。

 私はドキドキしながら、タツミくんのギターストロークでの前奏を聴いていた。





73/168ページ
スキ