traverse
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金曜日は、常連のおじさま達に見守られながらの打ち合わせとなった。
おじさま達はタツミくんの事を覚えていて、聞けば、初めて【きたいわ屋】に来たあの日、今度1曲頼むと言われていたらしい。
「早速聴いてもらっていい?」
と、タツミくんは宣言通り曲を完成させてきた。
♪~
上へ突き抜けていくような、高揚感のある旋律。まるで自分が、ホームランボールになったみたい(笑)
ボールと一緒に、色んな想いがついていく…そんなイメージが膨らんだ。
「タツミくん、コレ、いい! すごいね、さすがだね」
「そう? まぁ、また少し手直しすると思うけど…だいたいこんな感じで。さぁ、どんどん言葉を出していこう」
「うんうん! 今聴いて、色々出てきそう。あのね…とか…とか、どうだろう?」
「お、イッサいい調子(笑) どんどんいこう」
あんなにどん詰まりだった言葉出し、タツミくんの旋律を聴いてからウソのようにスラスラと出てくる。楽しい。
あらかた出尽くしたところで、おじさま達がタツミくんにせがんだ。
「にーちゃん。そろそろ、俺達の為に1曲、頼むよ(笑)」
「りょーかいです」
タツミくんはジャラーンと弦をひと撫でして、静かなアルペジオを披露しながら言った。
「昔、俺の父さんが酒を飲みながらよく聴いてた歌です。知ってますか?」
知ってる知ってる! □□の【▲▲】! おじさま達が歓喜の声をあげる中、目を伏せながら、笑みを携えながら、タツミくんは歌った。
ここ、【きたいわ屋】だよね? って疑っちゃうくらい、タツミくんが歌っている間、誰ひとり、音を立てなかった。
歌い終わると、わっと歓声が上がって、にーちゃんすげえな! 心に沁みちゃったよ! 次々に言葉を投げ掛けた。
「やっぱり、すげえんだな、タツミくん。いい声してるわ」
手を顎に当てて、ハジメちゃんも感心しきりだった。
「…イッサ、また泣いてる」
おじさま達に囲まれながら、私を見下ろしてタツミくんが言った。
「なっ、泣いてない!」
慌ててサッと目に手を滑らせた。
ほら、泣いて……た。
私の指がうっすら、濡れていた。
…