traverse

70/168ページ

前へ 次へ


 金曜日は、常連のおじさま達に見守られながらの打ち合わせとなった。

 おじさま達はタツミくんの事を覚えていて、聞けば、初めて【きたいわ屋】に来たあの日、今度1曲頼むと言われていたらしい。

「早速聴いてもらっていい?」

 と、タツミくんは宣言通り曲を完成させてきた。

 ♪~

 上へ突き抜けていくような、高揚感のある旋律。まるで自分が、ホームランボールになったみたい(笑)

 ボールと一緒に、色んな想いがついていく…そんなイメージが膨らんだ。

「タツミくん、コレ、いい! すごいね、さすがだね」

「そう? まぁ、また少し手直しすると思うけど…だいたいこんな感じで。さぁ、どんどん言葉を出していこう」

「うんうん! 今聴いて、色々出てきそう。あのね…とか…とか、どうだろう?」

「お、イッサいい調子(笑) どんどんいこう」

 あんなにどん詰まりだった言葉出し、タツミくんの旋律を聴いてからウソのようにスラスラと出てくる。楽しい。

 あらかた出尽くしたところで、おじさま達がタツミくんにせがんだ。

「にーちゃん。そろそろ、俺達の為に1曲、頼むよ(笑)」

「りょーかいです」

 タツミくんはジャラーンと弦をひと撫でして、静かなアルペジオを披露しながら言った。

「昔、俺の父さんが酒を飲みながらよく聴いてた歌です。知ってますか?」

 知ってる知ってる! □□の【▲▲】! おじさま達が歓喜の声をあげる中、目を伏せながら、笑みを携えながら、タツミくんは歌った。

 ここ、【きたいわ屋】だよね? って疑っちゃうくらい、タツミくんが歌っている間、誰ひとり、音を立てなかった。

 歌い終わると、わっと歓声が上がって、にーちゃんすげえな! 心に沁みちゃったよ! 次々に言葉を投げ掛けた。

「やっぱり、すげえんだな、タツミくん。いい声してるわ」

 手を顎に当てて、ハジメちゃんも感心しきりだった。

「…イッサ、また泣いてる」

 おじさま達に囲まれながら、私を見下ろしてタツミくんが言った。

「なっ、泣いてない!」

 慌ててサッと目に手を滑らせた。

 ほら、泣いて……た。

 私の指がうっすら、濡れていた。





70/168ページ
スキ