traverse
64/168ページ
金曜日。
思った通り、タツミくんは復活していた。
あの場所の手前で信号待ち、タツミくんの歌声が響く。
タツミくんの前には、何人かのお客さん。
タツミくんと初めて出逢ってから2ヶ月と少し、私の他にも、タツミくんの歌を聴きにやって来る人がちょっとずつ増えてきているみたい。
車道の信号が赤になって、歩行者信号が青になる。
一歩踏み出そうとした時、
「ねぇ、ちょっと」
私の背後から、声が飛んだ。
振り返ると、あっ、こないだ見た茶髪ロングの子。
あの時と同じ、鋭い眼差しを私に向ける。
「え…と?」
戸惑っていると、彼女は私の横に並んで、私と向き合った。
「あなた、後藤さんの何?」
後藤さん? 後藤さんってダレ? あっ、タツミくんか。でも、なんでここでタツミくん?
「えと、私はタツミくんの友…」
「馴れ馴れしく呼ばないで」
私の言葉に、彼女がものすごい勢いで被せる。
えええ~? なんだこれ。私なぜ、責められてるみたいになってるんだろう。
「あなたが後藤さんのそばをウロウロするから、他の人が彼の歌を聴きたくても聴けないんじゃないの。
やめてほしい。
私、知ってるんだから。あなた、彼氏いるでしょう? それでいて後藤さんとも、あんな仲良さげに…
なんなの、ほんと。近づかないで」
言い終わると、彼女は横断歩道を足早に渡っていって、ナギサ、と誰かに呼ばれて、その子と一緒にタツミくんのステージの近くへ駆けていった。
私は、しばらくその場を動けなかった。信号が赤になり、渡れなかった。
また青になった時にやっと渡って、タツミくんの歌を聴いているお客さん達の少し後ろの方で、自転車に跨がりながら停まった。
さっきの子、ナギサが、首だけこちらに向けて、また睨んでいた。
私はナギサのその視線を少しだけ受け止めて、それから、タツミくんをぼんやり眺めた。
私、タツミくんのジャマになってた?
…そうかも。
私が来るとタツミくん、歌うのやめておしゃべりするもん。ギターをつま弾くのは続けるけど、それをBGMにして、私もタツミくんとのおしゃべりが楽しくて。
途中でお客さんが来た事に気付いたら、タツミくんは歌うし、私は端へ移動する。
そんな気遣いだけじゃ、ダメなのかも。私と同じように、タツミくんの歌が好きな人、いるんだよね。
私は、ふぅ、とひと息ついて、ペダルを漕ぎだした。
ナギサがタツミくんの方へ視線を戻したのと、タツミくんが一瞬私を見たのを、同時に確認したけれど、気付かないフリをした。
背後から、タツミくんの歌声。
いつもより、調子がいいように聴こえた。
試してくれたのかな? 大根ハチミツ。
…