traverse
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金曜日。
大将が買い出しに外へ出ている間、私はニヤニヤしながら【きたいわ屋】の開店準備をしていた。
ハジメちゃんが、私がプレゼントした梵字が織り込まれた青いタオルを頭に巻いてくれてる。
「なにニヤついてんだよー。この辺の筋肉、疲れねぇのか?(笑)」
「いひゃい、ハジメちゃん」
ハジメちゃんにほっぺを摘ままれて、そのまま喋ったら、ゲラゲラ笑われた。
だって、使ってくれて嬉しいんだもん。
…あ。
タツミくんが言ってくれた事、今、伝える時なんじゃない?
「ねぇ…ハジメちゃん…スキだよ」
「えっ」
ハジメちゃんが持っていた菜箸を落としそうになった。
「オマエ…そんなこと言うキャラだっけ?」
えーっ? 今、恥ずかしいのをこらえて言ったのに!
「なっ…だって、付き合ってるんだし…」
「まあ…そうなんだけどなぁ…
オマエからそう言ってくれるって思ってなかったし…
俺ばっかり、好き好き言うもんかと…
あーっ、もう! 勇実、ちょっとこっち」
ハジメちゃんに袖を引っ張られて、調理台の下にしゃがまされた。
「え、ちょっと、ハジメちゃん? どうしたの?」
と言い終わらなかった。
突然塞がれた、私の唇。
袖を掴まれたまま、ハジメちゃんがすごく近い。
キスされてる。
この状況を理解した時、私の頬が発火したみたいに熱くなった。
ハジメちゃんの唇が離れて、でも、まだ至近距離。
ハジメちゃんに色っぽく見つめられて、心臓がバクバク言ってる。
「いつもの勇実もいいけど…ヤバ…カワイイ…勇実…」
ハジメちゃんの大きな手が、私のこめかみから後ろへ差し込まれた。
その手にぐっと力が入ったと同時に、またハジメちゃんの顔がゆっくり近づいてくる。
そのスピードに合わせて、自然と私のまぶたがゆっくり降りて、完全に閉じられた時に、再び唇が重なった。
ちゅ…っ
ちゅ…っ
「ん…っ」
何度も、上と下と順番に、優しく唇を吸われた。
ハジメちゃんに、食べられてるみたい。
頭の芯がぼぉーっとしだした時に、ガラッと入口の引戸の開く音がして、私達はバッと体を離した。
「帰ったぞー。そろそろのれん出すぞ。あれ? どこ行った? ハジメー?」
大将の声がだんだん近くなる。
ハジメちゃんは私に、奥へ行けと目配せをして、
「あー、おかえり。なあオヤジ、前に使ってたちっちゃい鍋、どこやったっけ? 見つかんないんだよなー」
何事もなかったように、ひょっこりと頭を上へ突き上げた。
「そりゃオメー、焦がしたからって大分前に捨てたろ。忘れたのかよ。イサミちゃんは? どこ行った?」
「あーっ、そうだったそうだった。あ、勇実は奥のトイレだよ」
うまく大将の気を反らしてくれて、その隙にしゃがみながらそーっと、奥のお手洗いへ潜り込んだ。
ふと鏡を見ると、ありえないくらい顔が真っ赤だった。
両手でパタパタと扇いで、早く元の肌に戻れと強く念じた。
視線は無意識に、鏡の自分の唇へ。
…ハジメちゃんの唇、柔らかかったな…
そんな事を考えてたら、また顔が真っ赤に戻って元の木阿弥。
どうしようタツミくん。
私達の恋愛は、ゆっくりじゃないかもしれない。
…