traverse
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「聴いて下さって、ありがとうございました」
歌い終えて、タツミくんが片手で黒いチューリップハットを持ち上げて、ペコリとお辞儀をした。
え? 私に? と思ったけど、タツミくんの視線が私を通り過ぎていたので、くるっと振り返った。
私の後ろで、優しい雰囲気の男女のカップルが、微笑みながら拍手をしていた。
やだっ。私が歌うのも聴かれてた!? いやでも、きっとタツミくんの歌声に掻き消されたはず…だよね?
「素敵なハーモニーでした。もっと、聴かせて下さいな」
あああ。しっかり聴かれてた。しかも、ハモってるつもりなかったのに…音痴確定。
タツミくんが例の、肩震えの笑い方をするので、バシッと二の腕をはたいて、ソロソロと端へ捌けた。
「あ、私、全然関係ないので…リクエストはこの人に」
肩をすくめながら、両手をタツミくんに向けた。
「フフッ…すみません、僕ひとりでやってるんです。
…何か、リクエストはありますか?」
ギターをつま弾きながら、タツミくんはふたりに聞く。
くすくす笑いながら、彼氏さんが彼女さんに聞いた。
「メイコ、なんかある?」
「うーん…」
彼氏さんの、彼女さんを見つめる眼差しが優しくて、こっちまで心が温まる。
「あの、違ったらごめんなさい。おふたり、もしかして遠距離ですか?」
タツミくんがそう聞いた。え? そうなの? なんで分かるの?
「あはは。こんな夜遅くにこんな大きいカバン持ってうろついたら、誰だって分かるよね」
彼氏さんは苦笑いをして、彼女さんの手を取ってギュッと握った。
「久しぶりに…半年ぶりにゆっくり逢うんです。彼、仕事終わってすぐに飛んでくれて…ね?」
彼女さんがはにかみながら、同じ様に優しい眼差しで彼氏さんを見つめた。
はあ~。素敵だなぁ。幸せのお裾分けをしてもらった気分。
「あ、おにいさん。おにいさんの曲、聞かせて下さい。いいでしょ? カズユキ」
「うん。お願いします」
ふたりは頷き合って、タツミくんを見つめた。
「俺の…ですか?」
タツミくんもまた、ふたりを見つめた。
ギターをつま弾きながら…何か考えているようだった。
しばらくして、ジャラーン、と弦をひと撫でして、タツミくんは言った。
「即興でも、いいです?」
…