タツミくんがあの場所で歌うのは、火曜日と金曜日だと知った。【きたいわ屋】の勤務日とちょうど重なっている。

　よし、次は必ず、通り過ぎないで立ち止まろう。そう決めた。



　翌日の火曜日。

　【きたいわ屋】の帰り、いつものように自転車でその道を行く。

　洒落た街灯、ベンチ、でも、タツミくんの姿は、無かった。

「…あれ？」

　辺りを見回す。人っ子ひとり通っていない。自転車に跨がりながら、しばらく止まってみたけれど、タツミくんが現れる気配は一向になかった。

　カゼでもひいたかな？　まあ、また今度でもいっか。

　そんなふうに考えて、私はペダルを漕ぎだした。



　ところが、次の金曜日も、そのまた火曜日も、あの場所でタツミくんに会う事はなかった。月曜日の【喫茶KOUJI】でも、タツミくんは来なかった。

「彼、最近見ないなぁ。イサミちゃん、何か知ってる？」

　私とタツミくんが友達と思っているらしい、マスターがそう聞いてくる。

「…知らなーい。連絡、取り合ってるわけじゃないもん。忙しくしてるんじゃないの？」

　モーニングを食べながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。

　タツミくんに出逢う前の空間に戻っただけ、なんだけど、落ち着かない自分。

　なんでかな？　イッサなんて呼ばれないで済むからいいはずなのに。



　月曜日。火曜日。金曜日。何回繰り返したかな？　タツミくんに、逢わない。

　私も勉強のほうが忙しくなって、タツミくんの事をだんだん気にしなくなってきた。

　ただ、【きたいわ屋】からの帰り道、タツミくんのいないあの場所を通り過ぎる度に、

「うまそうなラーメンの匂い～♪　どこのお店かな～♪」

　と不意にくちずさむ自分がいた。

　そうすると、ギターのつま弾く音と一緒に、「イッサ(笑)」と、あのよく通る声を思い出せる。

「あああ～♪　いいな、ずるいな、おれも食べたい♪」

　その旋律に合わせて、カッシャン、カッシャンと、ペダルを漕いだ。

　どうせまた、ばったり逢える。根拠のない自信が、何故かあった。



　そしてその勘は、間違いではなかった。



　やっとタツミくんと再会できた時は…もう6月が終わろうとしていた。





…