traverse

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「あいよ、醤油おまち。ほら勇実、オマエの味噌な」

 ハジメちゃんが出来上がったラーメンをカウンターに置く。

「あ。ありがと、イッサ」

 あ。しまった。仕事の延長上で、タツミくんのどんぶりを取ってあげてしまった。もう、じわじわと仕返しをするつもりでいたのに。

「なんかさっきから、ペットみたいな名前が聞こえるんだけど? イサミだからイッサ? おもしれー(笑) やるね、キミ」

 くっくっくっと、片手で口を押さえて笑うハジメちゃん。

 もう! だからイヤなのに!

 ハジメちゃんを叩きたかったけど、カウンター越しでそれは無理だから、タツミくんの二の腕を怒りに任せてぐいっと押した。

「あっつ。ズルッ…やめてよ、イッサ。イッサの味噌、伸びちゃうよ。ズルズルッ…あ~、うま~っ」

 話しながら、器用に食べるタツミくん。

 タツミくんに味噌を味見されやしないかと警戒しながら、私もラーメンをすすった。

 タツミくんは自分のを食べながら、私の味噌をじっと見ていたけれど、横取りするような事はしなかった。ただひとこと、

「うまそ…いいなぁ…」

 とつぶやいていた(笑)

「ハジメちゃん、自転車、置かせて貰ってもいい? あと、傘も貸してくれたら、いいなぁ」

 私が先に食べ終わって、帰り支度をしながらハジメちゃんに聞く。

 すると、奥で調理していた大将がひょいと顔を出して、

「おいハジメ。イサミちゃんを家まで送ってやんな。こんな時間にしかも雨の中、娘さんひとり歩かせるわけにゃいかねぇ」

 と言った。

「え? そんな、いいですよ。ハジメちゃんが抜けたら、大将だけだと大変になっちゃうよ?」

「いいっていいって。どうせ馴染みの連中しかいないし。ハジメ、分かったな? しっかり送り届けるんだぞ」

 大将だけじゃなく、常連さん達も、行ってこい行ってこいと囃し立てる。なんだろ、この連帯感?

「あー…じゃあ…まあ…行くか? 勇実」

「あー…じゃあ…お願いします」

 私とハジメちゃんの間にも、変な空気が流れちゃった。

「あっ…勇実、悪ィ。傘、いっこしかねぇや…だから、あの…」

「えっ? 一緒に入れてってよ、ハジメちゃん、送ってってくれるんでしょ?」

「へ? あ、いいのね。じゃー…早く来い」

 首筋をポリポリと掻くハジメちゃんが、なんかヘン。と思いつつ、はあーいとハジメちゃんの後についてのれんをくぐった。

 ザーッ…と、さっき見た時より激しくなっている雨音に、店内の喧騒が掻き消された。

 のに。



「またね、イッサ(笑)」



 引戸を閉める前に、タツミくんの声だけが聞こえた。

 ほんとに、よく通る声してるんだから。





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