traverse

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「おっ、イサミちゃん、いいところにきた、こっち手伝って」

 カウンター越しに、大将の岩見沢いわみさわさんが私に声を掛けた。

「あれ? 今日はずいぶん早い仕込みじゃないですか? なにか、特別?」

「お得意さんの所へ出前さぁ。イサミちゃん、どんぶりのラップ頼むよ」

「りょーかぁい」

 私はカウンターの切れ目の扉を持ち上げて、厨房に入った。

「おす、勇実」

「あ、ハジメちゃん、おつかれさまー」

 大将の息子さん、はじめちゃんがせっせとどんぶりに麺とスープを注ぎ、具を乗せていく。

 私はそれに、ピッタリとラップをして、さらにどんぶりのフチに輪ゴムをかける。

 最初は下手っぴだったけど、うん、今は上出来。

 15食のラーメンが並んで、圧巻。

「おら、ハジメ! とっとと出前に行ってこい!」

「うっせーよ、オヤジ! 今こーして準備してんだろぉが」

 ハジメちゃんは大将に大声を飛ばしながら、おかもちに準備の出来たどんぶりを手早く入れて、配達用のスクーターに次々と吊るしていく。

「あー勇実。オレのビール、キンキンに冷やしといて」

 ヘルメットを被りながら、ハジメちゃんが言った。

「いいよ。ハジメちゃん、安全運転でね? 頼むよ?」

「うりゃっ」

「ぎゃっ。いったぁ、何すんのよっ」

 いきなり、ハジメちゃんのデコピン。

「うひゃひゃ。相も変わらず、弾き甲斐のあるオデコだこと」

「もう、色々飛んじゃうから、やめてよね。私、今、覚える事たっくさんなんだからさぁ」

 ポンパドールでご開帳のオデコをさする。赤くなってないでしょうね?

「そーでした。んじゃ、行ってくるわー」

 ケラケラ笑いながら、ハジメちゃんは出前に出掛けていった。





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