traverse

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 ~side Tatsumi~



 商店街の一画に、オダギリさんプロデュースのライブハウスが最近建てられて、その2階でラジオ番組をやらせてもらっている。

 スタジオなんてたいそうなものじゃなくて、ほんとに自宅にいるような、まったり空間の放送局。

 機材なんかは、テーブルひとつで事足りる程度の小さな物だけど、それでも立派にラジオ番組は出来る。

 マイクの向こう側の人達に向けて、たわいもない話をする。

「──それでは、リクエスト頂いた曲、もうすぐこの季節ですね。○○の【△△】」

 曲のイントロが流れ、自分のマイクのスイッチをオフにする。

 すると、ブースの外のドアが開かれるのが視界に入った。

 イサミが顔だけ覗かせて、キョロキョロしてる。俺に視線を留めて、

【電波使ってワガママ言わないの!ヽ(`Д´)ノ】

 と口パクをした。ナニアレ。面白過ぎなんですけど(笑)

 俺は【ゴメン】とジェスチャーをして、【入って入って】と手招きをした。

 イサミは渋々とブース内に入ると、大きなバスケットをサイドテーブルに置いて、【喫茶KOUJI】の本日のランチを出して並べた。

「もうすぐ曲明けるから、そしたらそのマイクのスイッチ入れてね」

「えーっ。喋らないとダメなの?」

 ぶーたれながらも、手はすでにマイクのスイッチの位置(笑)

「──○○で、【△△】でした。
 さて! ここでスペシャルゲストです。
 僕のごはんを持ってきてくれた、マッサージ屋さんのイッサ先生です」

「ちょっと! 電波使ってイッサって言わないでー!
 あのねタツミくん、アナタがちょいちょいこの番組で私の名前出すからね、店でも、商店街歩いてても、イッサ先生って呼ばれるのよ。
 恥ずかし過ぎるんですけど」

「あは、そうなの?
 この番組宛てにもね、リスナーの方から、イッサの事が気になる! ってよく来るから、そんならいっそ、ここに来て話してもらおうかと思って」

「あー、だから、オンエア中に出前? まったくもう…」

「ほらほら、今日のランチ、説明して」

「えーっと。今日はね、海の幸たっぷりシーフードピラフ! あ、マスターお手製ブレンドコーヒーも一緒に入ってた(笑)」

「よし、じゃあ早速食べよう(笑)」

「へっ? オンエア中に食べちゃうの? 咀嚼の音とか入ったらマズイよね?」

「まぁ、そうね。気を付けて貰えると助かる。
 いただきまーす」

「いただきまーす。
 …んっ! オイシイ! 塩加減絶妙ー!」

「ほんと、うまっ。
 …フフ、いいね、こういうの。またたまに、やろうかな?」

「えー? まぁ、たまにならね。いいよ」

「さて。リスナーさんからの質問を承っております。
 【こんにちは。ローカルだけど、毎週楽しみに聴いてます。タツミさんに質問です。イッサ先生とはどういう関係ですか?】」

「ちょっ…トモダチです。トモダチですからっ」

「えー、つれない。こんなにもスキなのに…」

「ぶっ…あのね、だからね、あーもう。
 付き合ってます。付き合ってますとも。
 …ナニ言わせるのよっ」

「あはは。よかった」

「よくない! あーあ、また道端でなんか言われるぅ…」

 テーブルに突っ伏すイサミの頭を撫でて、そばに立てていたギターを取り出す。

「イッサ? もう最後のほうだから。なんかリクエスト、どうぞ?」

「んー…じゃあ…【traverse】」

「りょーかい。
 それでは今日は、僕の楽曲【traverse】をお聴き頂きながらお別れしたいと思います。
 皆さん、よい週始めを!」

 言った後に、片頬をテーブルに着けたまま俺の方に目を向けるイサミに、ありったけの思いを込めて【traverse】を歌った。





 イサミは、気付いてる? これが、イサミに向けたラブソングだってこと。



 いつか、そう遠くない未来に、ここで、曲を流している間に、こっそりプロポーズしようかなって考えてる事…



 イサミはまだ、知らなくていい。










traverse〈完〉





[執筆期間]
2015年2月1日~4月28日

[改稿終了日]
2021年6月8日

[執筆BGM]
夕立ち / Something ELse
ギターマン / Something ELse
元気ですか? / Something ELse

[ストーリーBGM]
月曜日の週末 / ゆず
巨女 / ゆず
始発列車 / ゆず



【traverse】番外編集へ続く






※よければこちらもどうぞ
【traverse】あとがき
【traverse】おまけ・1
【traverse】おまけ・2
【traverse】おまけ・3





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