traverse
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ウソ。ウソ。ウソ。
ガシャン! と派手な音を立たせて自転車を止めて、その後ろ姿に駆け寄る。
背中に触れようと手を伸ばしたら、同時に彼がこちらを振り返ったから、
「わっ?」
彼の胸元に思い切り飛び込む形になってしまった。
彼は戸惑いながらも、柔らかく抱き止めてくれた。
「…タツミくん!? なんで? なんで? どうして!?」
幻かと思って、彼の頭や頬を触りまくる。無精髭が手にチクチクささって、痛いような気持ちいいような。
いる。いる。タツミくんが、ここにいる。
私にされるがままになりながら、タツミくんはニコッと笑って、
「ただいま」
と言って、私の胸まで伸びた髪をさらっと梳いた。
久しぶりの感覚に身をよじりながら、私は質問を続ける。
「え、え? いつ? いつ戻ったの? 何で前もって連絡しないのよー!」
「着いたのは、昨日の夜中。
言わなかったのは…ビックリさせたかったから(笑)」
「もうっ…ほんと、ビックリだよ…おかえりなさい…」
「フフ、ゴメン。
…ただいま、イッサ」
タツミくんがギューッと抱きしめてくれる。のは嬉しいんだけど、こんな真っ昼間、しかも通りのど真ん中。
先程の高校生デュオはとっくに撤収していて、人だかりもなくなっていたけど、それなりに人は通る。
「ちょ、ちょっ…と…タツミくん、人、いるから…」
脱出を試みるけれど、びくともしない。タツミくんに閉じ込められて、途方に暮れる。
「だって、泣いてたら、ほっとけないでしょ?」
私の頬を包んで、親指で目尻の辺りをそっと擦る。
涙はこぼれてないけれど、眼は間違いなく潤んでいた。
「ヤダ…見られたくない…」
タツミくんを見上げながら、私は呻いた。
するとタツミくんは、私の着ていた薄手のパーカーのフードを、すっぽり私の頭に被せて、少々強めに引っ張り上げた。
ナニ? と思った瞬間
フードの中で
タツミくんの唇と重なった
「~~~~~!!!」
ちょ、ちょ、ちょーっ、とーー!
タツミくんの胸を平手でペシペシと叩く、でも、タツミくんは止めない。
唇の間になんとか空間を作って、
「だから、人いるってば!
あと、ヒゲが痛いっ…ンン」
掠れ声で抗議しても無駄だった、すぐに塞がれてしまう。
「あーあ…イッサ、こんなにキレイになっちゃって…
でも…中身は変わってないから…安心した…」
私の唇を吸いながら、タツミくんは呟いた。
そういうタツミくんも、向こうで揉まれた甲斐あって、かなり精悍な顔つきになってるし…ドキドキしちゃうよ。
でも声を聞けば、ちっとも変わらない、いつものタツミくん。
ずっと、すぐそばで聞きたかった声が今、私の耳をくすぐっている。
「イッサぁ…もうちょっとだけ…
誕生日、おめでとう。
ダイスキ。
…あいしてる」
「ンッ…私も…
ダイスキだよ。
お誕生日、おめでとう。
タツミ…?
…あいしてる」
そう言ったら、タツミくんが瞬時に頬を赤らめて、掠れた声で囁いた。
「…あーっ…もう…イッサは…相変わらず…ズルいんだから…
イサミ?
ずっと俺のそばにいて…」
歩道と車道が交差する、
私達が出逢えたこの場所で、
通りすがる人達の目を気にしながら、
──最終的には気にするのをやめてしまったけど──
私達は時間の許す限り、狭苦しいフードの中で唇を求め合った。
…