traverse

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「えっハジメちゃん、覚えててくれてたの? ありがとーっ。まだ誰にも言われてなかったから、嬉しいよ」

「んあ? まじか。タツミくんはどーしたのよ」

「今日はまだ電話来てない。今は向こう夜中だから、仕事終わったら掛けてみようかな」

「へーへー。相変わらず…仲がよろしいことで。
 で? 今日も味噌でいーのか?」

「ウン。宜しくお願いします(笑)
 あっそーだ! ハジメちゃん、前々から言おうと思ってたんだけどね。
 味噌の味、前と変わったよね?」

「え? あ、あー。まあ。ウン」

「それも美味しいけどさ…なんで?」

「えーと。まぁ、いいじゃねーか」

 何故か答えにくそうなハジメちゃん。不審に思っていると、ハジメちゃんの後ろからひょこっと、新しいバイトのキタガワくんが顔を出して、

「イサミさん、聞いて下さいよ!
 にーさんったらね、ジョーダンで看板の醤油と味噌混ぜたの作ったら、ホノカがすごい美味しいってベタ誉めで。
 それ以来、さっぱり味噌があんな感じになっちゃったんすよ(笑)」

 と、キシシと笑いながら言った。

「ホノカ?」

「そうっす! あ、ホノカって、俺の高校の時の女友達なんすけど。こないだ食べに来てくれて、そんな感じだったんす」

「ばっ、キタガワ! 勇実に余計な事言うな!」

「へえ、ホノカちゃん。へえ~(笑)
 それで味噌が。へえ~(笑)」

「そうっす! にーさんにも、春が来たっす!」

「オーマーエーなぁ!!」

 あはは。ハジメちゃん、うろたえちゃって。キタガワくんにもすっかり転がされて、やっぱりハジメちゃんは面白くて楽しい。

「ったく…ほれ、味噌お待ちどお。
 …やっぱり、前のやつの方がいいか?」

「ナニ言ってんの、これも美味しいよ。
 ハジメちゃん、よかったね。今度紹介してね(笑)」

「ばっか…まだ、そんなんじゃねぇよ。
 でも…まあ…サンキュ」

 ポリポリと頬を掻きながら、ハジメちゃんは照れ笑いをした。



 すっかりお腹が満たされ、【きたいわ屋】を出る。

 カッシャン、カッシャン、ゆっくりペダルを漕ぐ。

 今日は週末、人が沢山出ている。駅に向かって流れているので、それとは反対方向へ行く私は、気を付けながら自転車を走らせる。



 例の場所に近づいてきた。商店街を横切る車道の向こう側の、洒落た街灯、二人掛けのベンチ。

 何やら少し人だかりが出来ていて、そこからギターの音と歌声が聞こえた。

 高校生の男の子二人が初々しく声を張り上げて、ハーモニーを奏でていた。

 微笑ましい思いで、しばらくその様子を遠巻きに眺めていると、彼らの歌が終わって「ありがとうございました! ありがとうございました!」とお礼を述べ始めたのをきっかけに、人だかりがパラパラと散り出した。



 その中に…動かない人影。



 ウソ。



 スラリと高い背丈



 少し長い襟足の黒髪



 黒いチューリップハット



 ウソ





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