traverse

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「なっ…」

 やさぐれた犬みたいな顔して見るから、思わず、はあっ? て顔をしてしまった。

 するとタツミくんはくしゃっと笑って、ギャラリーの方に向き直った。

「ありがとうございます。今夜は、こんなに沢山の人達に足を止めて頂いて…恐縮です。
 俺、イギリスで音楽の勉強をする為に、1年、いやもっとかな、留学する事になりました。
 いつか、音楽に関わる仕事に就きたいと…無理かな…でも、ずっと思っていて…
 ここで歌うようになって…色んな出逢いがあって…ここまで来る事が出来ました。
 足を止めて聴いて下さった、皆さんのおかげです。本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げるタツミくんに、「いいぞ!」「頑張れよ!」「いってらっしゃい!」「絶対戻ってきてね!」色んな声が飛んだ。

 私はそれを、呆然と見つめていた。

 え。

 留学?

 1年?

 もっと?

 …聞いてない!!

「出発の前に、どうしてもここで歌いたかったんです。
 まさかこんなに、人が集まると思ってなかったんで…
 通行を阻んじゃって、整備の方々の手を煩わせてしまって、なんかもう、ごめんなさい。あと少しで、すぐ撤収するんで」

 また深く頭を下げるタツミくん。ギャラリーはどっと笑う。

「次、ラストです。また、新しく作りました。

 この場所と…

 この場所で出逢えた人に向けて…



 曲名は

 【traverse】」

 traverse。タツミくんと私の、一夜限りのユニット名。その名前を、また聞けるとは思わなかった。

 喉の奥の奥、フタの下で…熱いものが今にも、噴き出しそうだった。





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