traverse
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自分の気持ちをごまかし続けて…さらに十数日が過ぎた。
その間に、学校が冬休みに入り、実家への引っ越しを済ませた。
もう、おばあちゃんの家はおばあちゃんの家でなくなった。近々建屋は取り壊されて、土地が売りに出される事になっている。
実家に戻ったからには、もう、商店街を拠点にする理由がない。
潤子サンには、学校での勉強を集中して頑張って、必ず卒業するから、その時にまたここで雇って下さいと頼んだ。
潤子サンは目を潤ませて、でも嬉しそうに頷いて、いつまでも待ってるよと言ってくれた。
ノリちゃんはずっと泣いていた。もうここでは一緒に働けなくなるけど、連絡はずっと取り合っていこうねと約束した。
タツミくんにばったり逢うのが怖かったけど、【喫茶KOUJI】にも最後の挨拶に行った。
「そうかぁ。イサミちゃんにもうモーニング出せないんだね。そうだ、餞別代わりにランチ食べてってよ(笑)」
そう言うとマスターは、本日のランチの大盛りナポリタン、それからいつものホットコーヒーをご馳走してくれた。
月曜のモーニングと違って賑やかなランチタイム。私の定位置だった窓際の席は、若いママ達の集まりで話が弾んでいるようだった。
「彼も、最近来てないんだよネ。何か知ってる?」
そうなんだ。タツミくん、来てないんだ。
「ううん。分かんない。忙しいんじゃないかな。もし来たら、私の事言っておいてくれる?」
ズルいって分かってる。でも、顔を合わせたら、きっと何も言えない。
【きたいわ屋】には、引っ越しが終わっても何回か、実家から働きに通っていた。
今日が、最終日。
「勇実ぃ。こないだ、タツミくん来てたよ」
タツミくんの名前が出て、ドキッとする。
「へえ。そうなんだ。前にばったり逢った時に、ハジメちゃんが来てって言ってたって、言ったからさぁ」
「オマエがもう実家に戻ってて、ここにももうすぐ来なくなるって言ったら、すげー驚いてたぞ。
ナンにも、話してなかったんだ?」
「…うん」
「今日が最終日だって事も、話しちゃったからな?
オマエから聞きたかっただろうに…ナニやってんだよ、オマエは」
「……」
タツミくん。最後に顔見て言ったらよかった? でも、きっと、うまく伝えられない。私、おかしいもん。
テーブルを拭く手を止めてボンヤリしていると、ハジメちゃんが首筋に手を宛がいながら言った。
「オマエ…つーか…オマエら…じれったい」
…