traverse

112/168ページ

前へ 次へ


 ヘルメットを借りて、ハジメちゃんのバイクに乗せて貰う。

 ハジメちゃんの背中にしがみつきながら、自分の恐ろしくイヤな音の心臓を確かめていた。

 どうしよう

 どうしよう

 どうしよう

「勇実? まだ、真っ直ぐ?」

 ハジメちゃんの声が風に乗って届いて、ハッとなった。

「えっ、あっ、次の信号を、左っ…」

「勇実? 大丈夫だからな、しっかり…まずは、ちゃんと掴まってろよ…」

 いけない。しっかりしなきゃ。



 おばあちゃん。

 こないだの土曜日、家に帰って来れなかった。少し咳が出るからって。

 日曜日に施設に顔を出したら、おばあちゃんはニコニコしながら、

「昨日は帰れなくてごめんね、楽しみが来週に延びたね」

 と言った。

 この時も少し咳をしていて、でも、来週には治まってるよと。私もそうだろうと思った。



「勇実? あれか?」

 商店街から約15分。施設の白い建屋が見えてきた。

 バイクを敷地内の駐輪場に停めて、ハジメちゃんと一緒に中へ…正面玄関はもう締まっているから、インターホンを押して、職員玄関から入れて貰った。

 スタッフさんがバタバタと出迎えてくれて、おばあちゃんの部屋へ案内された。

 部屋の前に、私のお父さんとお母さんがいた。お互い見るなり、駆け寄り合った。

「すみません、ここからは、ご家族の方以外は…」

 ハジメちゃんがスタッフさんに言われているのを聞いて、私はハッと振り返った。

 ハジメちゃんは、もう向こうへ歩き出していた。

「ハジメちゃん!
 ごめんね。
 ここまで、ありがとう」

「勇実? お父さんとお母さんも来てくれて…ひとまず安心だな?
 店の事は気にするなよ。潤子サンとこにも、話しておくから…
 なんかあったら…
 なんでもなくても…
 言えよ? 頼ってくれよな」

 そう言って、ハジメちゃんは帰っていった。

 ハジメちゃんには…感謝してもしきれない。

 私はお父さんとお母さんと一緒に、おばあちゃんのいる部屋に入り…



 そこで、夜を明かした。





112/168ページ
スキ