traverse
110/168ページ
季節はすっかり、秋深くなった。
あれから…寒がりのタツミくんは、薄手から厚手のジャケットに変わり、更にマフラーを巻いて、路上に励んでいた。
タツミくんの前は常にお客さんで溢れ返って、また、遠くからタツミくんを眺めて、一曲聴いて帰る日々。
オダギリさん達に聴いて貰った日と、タツミくんが頑張ると宣言したあの日、誰も通らなかった事に運命を感じる。
そして、もう、あんな風に二人だけで、この場所で時間を共有出来ないんだと思い知らされて…
やっぱり、寂しい。でも、応援したい。
【喫茶KOUJI】では変わらず、二人で話し込んで、笑い合っていた。
この時間もいずれは…なくなるんだろう。
この頃、【きたいわ屋】で、ハジメちゃんの味噌ラーメンが限定メニューで登場して、なかなかの売れ行きだった。
「勇実ぃ、タツミくん、元気にしてる? アイツ結局、こっちが来いって言わねぇと来ないのな(笑)
今度引っ張って連れてこい、販売記念に食わせてやらねぇと(笑)」
「ふふ、うん、わかった(笑)」
タツミくん、喜ぶよ。あったまるーって、きっと言うよ。
ハジメちゃんには、タツミくんが夢を掴みそうになっている事を、まだ話していなかった。
本人から聞くのがいいだろうから、このまま内緒にしておこう。
その時、お店の電話が鳴った。滅多に掛かってくる事がないから、珍しいなと思った。
受話器を取ったのは、ハジメちゃん。
「ありがとうございます、【ラーメン居酒屋きたいわ屋】です。
…ハイ…ハイ…? はい、小山勇実はうちの従業員ですが。
…ハイ…え…?
…ハイ、今すぐ行かせます。それじゃ」
こんな騒がしいお店の中なのに、ハジメちゃんの受け答えがよく聞こえた。今、私の名前が出た?
「勇実、今すぐ上がれ。
オマエのおばあちゃんが…
とにかく、俺がバイクで送ってってやる。
オヤジ、いいよな? 店頼むぞ」
ハジメちゃんの言っている意味が、分からなかった。
※よければこちらもどうぞ
→【traverse】中間雑談・9
…