雑踏の中のふたり

12/43ページ

前へ 次へ


 ひと月経って、一層寒さがこたえるようになった。

 高志は、学校に通っていた頃の制服の上着を肩に掛けて、腰が抜けているといっても全く立てないわけではない、ウロウロと、自分が疲れない程度に歩き回った。

 少女は、持ってきたものがほとんど売れて、革靴だけが残っていた。

 あれは、売れない。

 高志は思っていた。

 悟の伯母さんが持ってきた時の物とは、比べ物にならないほど破損が酷かった。

 毎日、売れ残る革靴を見て、少女は深い溜め息をついた。

 とうとう我慢ならず、高志は少女のそばに行き、

「んっ」

 と片手を少女の前に突き出した。

 訳が分からないと、少女が目を丸くして高志を見つめると、高志は無言で革靴を茣蓙から取り上げた。

「あっ」

 少女が短く叫ぶのを無視して、高志は自分の持ち場へ戻り、その革靴を修理しだした。

 磨くだけじゃない、綻びだって多少は直せる腕を持っていた。

「あんなんで晒してたら、靴が可哀想だ」

 見違えるほどきれいになった革靴を、また少女の茣蓙に並べて、少女の顔を見ないで言った。

 持ち場に戻る時にちらっと見たら、少女は直された革靴に視線を落としたまま、動かなかった。

 余計な事をした。

 いつもなら、知らんふりなのに。

 持ち場に腰を下ろした時、

「…ありがとう」

 小さな声だったけれど、少女の凛とした声が後ろから飛んできた。

 高志は、それに返事をしなかった。





12/43ページ
スキ