雑踏の中のふたり
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高志は悟に気付かないフリをしたまま、依頼された革靴に取り掛かった。
これまで、靴を磨かせてくれた人は何人かいたが、全て、急いでいるからと最後までやらせてはくれなかった。
しかしこの、悟の伯母さんだという人は、穏やかな笑みを浮かべながら、高志の仕事をじっと見つめて待ってくれていた。
「伯母さん、はよ行こ、にいちゃん待ってんで」
少し呆れたように、悟は腕を組んで言った。
「まあまあ、そう慌てなくても、ヨシオは逃げないさ。
きれいな靴の方が、ヨシオも気に入るよ」
よくは分からないけれど、ヨシオという人にこのふたりは会いに行く途中で、この靴は手土産らしかった。
「終わりました。料金は○○円です」
「はい」
悟の伯母さんは、高志が言ったのより多目の賃金を高志の手に乗せて、それから、カバンの中から白いタオルを取り出して、フワリと高志の首に掛けた。
「丁寧に仕事をしてくれて、ありがとう。
ほんの気持ち、よかったら使いなさい。
これからも、がんばって」
「伯母さん! ほら、バス来てんで!」
「はいはい」
悟に急かされて、伯母さんはにこにこと微笑みながら、高志の元を去った。
後にも先にも、最後まで磨かせてくれて、多目に金を貰ったのは、この時だけだった。
伯母さんに貰ったタオルから、石鹸のいい匂いがした。
何度も洗って、汚れが落ちず、擦り切れても、高志はずっとそのタオルを首に掛けていた。
それから何度か、この駅で悟を見かけた。
伯母さんは一緒ではなかった。
見る度に悟の体が痩せ細っていって、いつからか全く見なくなった。
おそらく…そういうことなんだろう。
…