雑踏の中のふたり

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 そうして幾ヶ月経ってもまだ、蹴られる事が大半だった、ある日。

「これ、お願いしてもいいかしら?」

 優しそうな初老の婦人が、持ち場に座ってうなだれていた高志に、少しキズの付いている紳士用の革靴を差し出した。

 目にチクチクかかる前髪を掻き上げて、

「はい! おまかせください」

 高志はぎこちない笑顔で、その革靴を受け取った。

 婦人は、ひとり少年を連れ立っていた。

 高志と同じ歳ぐらいの…あっ! と心の中で声を上げた。

 同じ学校だった、さとる

 同じクラスになった事はなかったけれど、リーダー的な存在で、高志もそんなような存在だったから、喋った事はなくとも、お互いになんとなく意識し合っていたようだった。

 確か、悟は小さい頃に両親を亡くして、親戚の間をたらい回しにされていたと聞いていた。

 悟が高志の学校に入ってきた時は、それはもう落ち着いていたようだった。

「伯母さん、ほんまに頼むの?」

 あ、やっぱり、あの悟だ。

 独特の言葉、来たばかりの頃は皆にからかわれていたが、悟は気にせず、そのままの言葉を貫き通していた。

 悟は高志には気付いていないようだった。

 学校を卒業してから一度も逢っていない、ずっと昔の事で、高志もあの頃の面影はないから。





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