雑踏の中のふたり

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 高志はゆっくり前を向き、持ち場に座り込んだ。

 少女の持ち場が、自分の斜め後ろで助かった。

 でも、そうして見ないようにしても、一瞬見てしまった、今まで服で隠されていたあの子の白い肌が、脳裏に焼き付いてしまったから、頬を熱くせずにはいられなかった。



 この日は、高志のところに仕事は来なかった。

 正直、来なくてよかったと思った。きっと仕事にならなかったはず。

 少女のところも、服は売れなかった。

 でも、少女はそれを再び着ようとはしないで、何も食べず、眠りにつこうとしていた。

 見かねて高志は、自分の制服の上着を脱いで、少女に差し出した。

 自分はその下に長袖のシャツを着ていたから、大丈夫。

「そんなんじゃ、寒いし、食べ物も買いにいけないだろ」

 なるべく、少女の姿を目に入れないようにそっぽを向きながらだったけれど、反応が気になるので、顔だけ、ちらっと見た。

 ばちっと、視線が絡む。

 少女の、きょとんとした顔。見上げる、大きな瞳。

 再び、高志の頬に熱が巡る。

 また、ふいっと顔をそむけると、手にしていた上着の重みが無くなった。

「…ありがとう」

「…ん」

 少女の声を聞いて、高志は返事をした、初めて。

 そのまま持ち場に戻って、柱に背中を預けて、首だけ少女の方に向けると、少女は高志の上着を掛けて、背中を丸めて眠っていた。

 あったかいかは分からないけれど、わずかに笑みを浮かべる少女の寝顔。

 高志の胸の奥底が、くすぐったく疼いた。



 少女の服は、何日経っても売れなかった。

 売れないままなら、あの子はずっと自分のそばにいるんじゃないか、高志はいつしか、少女がずっとここにいるよう、願っていた。





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