雑踏の中のふたり
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高志が靴磨きを始めて間もない頃は、誰も高志の所に寄っては来なかった。
高志が靴磨きを知っているのは、自分の父親がその道の人だったから。
幼い頃から、間近でその職人の技を見てきた。
父が直接高志に教える事は一切無かったけれど、高志はじっと見つめ、ままごとのようにその動作や知識を体に覚え込ませた。
年端のいかない子供に靴なんか触れさせない、そんな事は分かっていた。
でも、自分が生きていく為には、この技を活かしていくしかない。
そしてその為には、なにがなんでも、一度でいいから他人の履く靴を磨かせて貰うしかない。
「お願いします、一度、一度だけでいいんで、あなたの靴を綺麗にさせて下さい」
無理矢理、腕を掴んで自分の持ち場に引き込む。
こうでもしなけりゃ、一生誰も来ない、手段を選ばない。
高志の勢いに負けて、磨かせてくれる人もいたけれど、大概は冷たくあしらわれた。
「うるせえ、汚ねぇ手で触るな」
蹴られることなんてしょっちゅうだった。
高志の腹には、シャツを捲れば消えない痣だらけだった。
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