雑踏の中のふたり

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 千晴が息を飲んだ。

 どうして、それを?

 言葉に出さなかったけれど、目でそう言っているのは明らかだった。

「…おまえ、寝ながら言ってた。
 …コータ、行かないでって。
 …寝ながら、泣いてた…
 …ソイツの所へ、帰れ。
 …俺に、こんな事したら…ダメだろ…」

 精一杯の理性を奮い起たせて、高志は千晴の手を剥がしにかかった。

 でも。

 千晴の手は、高志のシャツをギュッと掴んで離さない。

 どうして?

 焦って千晴の方へ首だけ振り返った。

 千晴と視線がぶつかる。

 くしゃくしゃに歪めた、千晴の泣きそうな顔。

「…帰るところなんて…っない…」

 千晴は、声を詰まらせながら、言った。

「…ひとりぼっち…だよ…
 …お父さんも…お母さんも…死んだよ…っ
 …コータも…っ、この帽子を編んでくれてすぐ後に…死んじゃった…っ…

 …ああああ…っ…!!!」





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