雑踏の中のふたり

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 (★)

 その日の夜、めっきり冷え込んだ。

 この冬一番の寒さ、体がブルブル震えて、眠る事が出来ない。



 …このまま…死ぬかな…



 思わず死をかすめてしまった、その時。

 高志の毛布の中に、何かがスルスルと入り込んだ。

 それは、高志の背後から伸びて、腰まわりを取り巻いて、ギュッと締めた。

 高志の背中に、温かい、柔らかな感触。

 それが何か分かった時、高志の体温が急上昇した。

「…なに…やってるんだよ…」

「…だって…寒そう…だったから…」

「…上着は…?」

「…着てるよ…肩に…掛けてるだけだけど…」

 胸の膨らみを押し付けて、千晴は高志の質問に答えた。

「…あったかい…?」

 千晴の掠れ声に、高志は思わず生唾を飲んだ。

 千晴は、分からない?

 今、俺の心臓が暴れてやばい事。

 俺とあの時のおっさんが、全く違うって保証がない事。

 千晴が、とても魅力的だという事。

「…ずっと…そうしてるつもり…?」

「…私も…この方があったかい…から…高志…が、いいなら…」

 心臓がバクンと飛び跳ねた。

 千晴の声で初めて呼ばれた、俺の名前。

 今すぐに、正面から抱きしめたい衝動に駆られた。

 けれど、それはダメだと理性がブレーキをかけた。

 千晴には帰る場所があるはず。

 今、高志が本能のままに動いてしまったら、千晴は本当に帰れなくなってしまう。

「千晴」

「…うん…?」

 背を向けたままの高志に両手を包まれて、また千晴も初めて名前を呼ばれた、その嬉しさからか、千晴の声が弾んで聞こえた。

 それを感じ取らないフリをしながら…高志は言った。



「帰れ。
 コータ…とかいうヤツのところへ…帰れ」





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