雑踏の中のふたり

24/43ページ

前へ 次へ


「…なぁ…もっと、自分を大事に…しろよな…」

「……」

 高志に言われて、千晴は頬を赤くして気まずそうに俯いた。

「おまえ、ここ出るだろ…?
 もう…売るもん、ないもんな…」

「……」

「上着、持ってろよな…
 …帽子…よっぽど、大事なんだ…な」

「…うん…」

 麦藁帽子をギュッと胸に抱いて、千晴は目を伏せた。

「…はぁ…俺、何ベラベラ喋ってんだろ…
 …もう、いいや…おやすみ」

 辺りはもうすっかり暗かった。

 いつものように柱のそばで雑魚寝しようとすると、

「あ…の、隣で…寝てもいい…?」

「えっ? …まぁ…いいけど…」

 突然の千晴の提案。

 あんな事の後では仕方ないのかなと思い、高志はそうする事にした。

 遠慮がちに、肩を寄せ合う。

 千晴はすぐに寝息を立てたけれど、高志はしばらく寝れそうになかった。

 千晴の日だまりの匂い。服越しでも伝わる、柔らかい肌の感触。

 はあ、と、よく分からない溜め息をついたところで、千晴がもごもごと呻いた。



「…コー…タ…行かな…いで…」



 千晴の、寝言。千晴の、涙。

 高志は、千晴の顔をしばらくじっと見つめて、それから指で千晴の涙をそっと拭った。



「…誰だよ…コータって…」



 なんとなく、察しはついた。けれど、言葉にするのがなんとなくイヤで、そのまま飲み込んだ。

 片手で麦藁帽子を抱きしめて、もう片方はおざなりに下に置かれた、千晴の手。

 その千晴の指に自分の指を絡めて、高志はやっと眠りについた。





24/43ページ
スキ