雑踏の中のふたり

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 少女は高志を抱き起こして、持ち場の柱まで肩を貸した。

 柱に背中を預けて、ズルズルと下に座り込む。

 少女も一緒に、しゃがみこんだ。

 少女はもう、泣いてなかった。

「それ、濡らしてきてもいい…?」

 高志のズボンのポケットに無造作に入っていた、悟の伯母さんに貰ったタオルを指差して、少女が言った。

 こくりと頷くと、少女はタオルを抜き取った。

 その時と、あと、さっき肩を借りた時も、少女からいい匂いがした。

 こんな暗くてカビ臭いところなのに、まるで外にいるような、日だまりのような匂いだった。

 少女は近くの水道で高志のタオルを濡らして戻ってくると、高志の顔をきれいに拭いた。

 そして、シャツを捲って、腹部の数知れない蹴り痕を見て、顔を歪めた。

「…なぁ…いつから? 戻ってきてた…?
 …そもそも、逃げていかなかった…?
 おっさんに蹴られたのも…見てた…?」

 涙を滲ませながら、少女はトントンと腹部を軽くタオルでたたいた。

 あー…きもちいい。

 つい、うつらうつらしてしまう。

「ありがと…ほんとに…ありがとう…ごめんなさい…」

「も…いいから…なんも、言うな…」

「…でも…」

「…なぁ…
 …俺…高志…
 高いに、志す…
 …おまえは…?」

 少女は、はっと顔を上げた。

 そして、穏やかな笑みを携えて、

「…ちはる…
 …千に、晴れるで…
 …千晴ちはるだよ…」

 千晴。

 どうりで、お日さまの匂いがすると思った──





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