悠の詩〈第1章〉

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 焦って詰め込んだたこせんべいだったけど、H谷寺を出てK倉文学館へ向かう頃にはとっくに消化されて、俺のおなかがまた鳴り出した。

「キミのおなかは底無しかい」

「うるせ」

 柏木とそんな会話をしながら、大通りから外れて閑静な住宅街のゆるやかな坂道を上っていく。

「あっ、あれじゃない? K倉文学館」

 丸山が指差した方を見ると、立派な門構えの入口があって、そこに1組の担任の杉田聡雄さとお先生が立っていた。

「サトちゃん先生ー!」

「やーっと来たかぁ。待ちくたびれたぞ~」

 聡雄だからサトちゃん、この先生も生徒の間での呼び名を快く受け止めてくれる数少ないひとり。

 サトちゃん先生は濃い青髭を撫でながら、俺達が全員いるのを確認した。

「4組3班無事到着、と。
 土浦先生が言ってたけど、お前達出発からここまでずっと歩きだったんだって? がんばったなぁ」

 俺達はえへへと照れ笑いしながら、サトちゃん先生からお弁当を受け取った。

「あっ柳内、いつも通りおかずを一品摘まんどいたから(笑)」

「げーっ、まじかよ! こんな日にまでやめてくれよ、サトちゃん先生」

 サトちゃん先生、学校で弁当の時間になると、生徒のお弁当を物色してひょいと一品摘まむのが恒例。

 自分のクラスで留めておけばいいのに、何故か他クラスにまで足を運んで、しかも4組ではほぼ俺が狙われている(苦笑)

「今日は館内は休みだから。入らないように気をつけろよ」

 えっ…と明らかに落胆したのは丸山。洋館の中や、明治~昭和初期にかけての文豪たちの書物を見てみたかったって。

 それから柏木も、ちょっとだけ残念そうにしてた。劇団のアイデアの材料になるとか、そんな事を思ってたんじゃないの。本人の口から聞いてないけど。





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