悠の詩〈第1章〉

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「こんにちは。修学旅行か何かかい?
 駅から歩いて来たんだってね、えらいねぇ。Z洗弁天はね、もう少し歩けば着くから、がんばってね。
 お金を洗う時はね、ザルに乗っけてこう…杓でお水を掛けるんだよ。お札は、角っこを少し濡らすだけでもご利益があるからね」

 あんまりニコニコしながら話すので、俺達の尖った雰囲気がサッと流れていった。

「ありがとうございました、呼び止めてすみませんでした」

 柏木がおばあちゃんの背中に向けて礼儀正しく頭を下げる、俺達もありがとうございましたー! と続けて声を張った。

 おばあちゃんは笑いながら手を振って、民家の方へ行ってしまった。

「もう少しだって。ほんとかな?(笑) あ、みんなハイチュウでもいる?」

 樹深がリュックの中をゴソゴソと探って、ハイチュウを配り出す。

 すると、他の皆もこぞって「よかったら私のも」と出して、バスの中で食べ損ねたオヤツの交換会。

 貰った物のひとつを口の中で転がしながら、俺達はまた歩き始めた。

 さっきより穏やかな気持ち。

 すぐにカッとなるのは俺の悪い癖、それをごく自然に和やかにするのはこの中では樹深だけなんだけど。

 その樹深より先に、柏木がそうしたって事が何か、何故だか、俺の中で引っ掛かった。

 アイツ、雰囲気が悪そうになるのを察知して、だからおばあちゃん連れてきた?

 そんな気ィ回すようなヤツなんだっけ?

 先頭を丸山と一緒に歩く柏木の背中に問いてみても、答えてくれるワケがなかった。

「春海ちゃん? 疲れた? 眉間にしわ寄ってる」

 横からコソッと樹深が耳打ちした。

 樹深の気配りが二番目に来る、やっぱり変なカンジ。

 どうもしない、ってのと、小声だろうと皆の前で春海ちゃんはねぇだろ、って事だけは伝えた。





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