悠の詩〈第1章〉
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「なんでまたそんな所から。裏口開けてくれたらよかったのに」
自分の分のお茶を開けながら柏木が言った。
「座長、まだステージで話してるから。
いらしてるの、悠ちゃんの学校の先生なんでしょ? 急な転入にも色々してくれたって言ってたわよね。
頭が上がらないワケよね、あんな低姿勢な座長初めて見るわ(笑)」
言いながら、うなじから髪を半分前へ流す、その仕草に見惚れる俺なんかの事は構いもしないふたり。
環奈さんがこの場を去ろうとするのを、柏木は引き留めた。
「あの環奈さん」
環奈さんが振り向いて、小首を傾げる。
「さっきの、どうでしたか。演りづらくなかったですか」
「座長の言った事、気にしてるの? 大丈夫よ、いいジョー役だったわ。代打ありがとう。
むしろ
そう言って環奈さんは、また建物と建物の間に消えていった。
ほーっ、と長い安堵の溜め息をつく柏木。
「なんだかよく分からんけど…オマエは、さっきの劇に出るわけでは、ナイ?」
先ほどのふたりの会話を、自分なりに噛み砕いて考えてみた。
シローくんってのが多分主役で、今いなくて、代わりに柏木が練習相手になった、ってトコロだろうか。
「当たり前、私なんて下っ端の下っ端、同じ舞台に上がるなんてとんでもない…!
っていうか、劇なんて安っぽい言い方をしないで欲しいんだけど。
ひとつの公演にどれたけの努力と時間と費用を要すると思ってるの。
小さな劇団だけど、贔屓にして下さる人達もいる。
決して、遊びでやってるわけじゃないんだよ。
…
…
…ごめん、ムキになった」
途中で自分が熱くなり過ぎたと感じたみたいで、後半は誤魔化すようにレジ袋の中を探る柏木。
掴んだお菓子を半ば投げつけられたように受け取った俺は、何で先生は俺を連れて来たんだろう、という疑問が沸いた。
どう見たって迷惑がってんじゃん、コイツ。
…