悠の詩〈第1章〉

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「なあオマエ、学校終わってすぐに帰るのは、ここに来るから? 何でこんな遠く? どういう場所なの、ココ」

 俺は肩越しに出てきた建屋を振り返って、改めて古さを感じながら柏木に問う。

「そこは…前は映画館だったらしいよ。
 取り壊しにかかる所を、うちのお父さんが止めたんだよ。ここを練習の場に使わせてくれって」

「練習?」

「さっきの…見てたんなら分かると思うんだけど」

「さっきの、って…劇?」

「そう…うちのお父さん、劇団の座長なんだよ。全然小さい規模だけどね…
 一緒にステージにいた人達は俳優の卵、プロになる為に修行中で…一応は彼らの養成所みたいになってる。
 年に3、4回公演したりね…あ、もちろん場所は別の所を借りるんだけど。
 次の公演がもうすぐだから、必死で練習中」

「ふーん…ようわからんけど…
 てことは、オマエも修行中の身なワケ?」

「あ、いや、私は…」

 柏木が何故か言葉を詰まらせた所で、ガサッとビニールが擦れる音がして、俺と柏木は同時に振り返った。

 建物と建物の狭い間から姿を現したのは、ステージで柏木の相手だった、アンナって呼ばれてた人。

「あーっいたいた、やっぱりココだった。
 悠ちゃん、お友達も、よかったらコレどうぞ」

 彼女が俺達に差し出したのは、飲み物とお菓子が入ったコンビニの袋だった。

「ありがとう、環奈かんなさん」

 あ、似たような名前なんだ。

 鎖骨までの長さの亜麻色のワンレン、綺麗だなと思いながら見ていると、環奈さんと目が合って微笑まれた。

 頬に熱が集まったのを感じると同時に、手元が急に冷えてビックリする。柏木がペットボトルのお茶を押しつけたからだった。





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