悠の詩〈第1章〉

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 学校から市街地まで、駅3つ分の距離。でも最寄りの駅までが遠くて、車で行った方が早い。

「先生、柏木ん家って市街地? 何でそんな所から、うちの学校に通ってんの」

 当然の疑問。そっち方面の中学に入りゃよかったんじゃないの。

「いや、家自体は学区内だぞ。ただ、今日行く所は…まあ、行けば分かる」

 妙に含みを持たせるコタ先生。

 俺、ひと月ほどアイツの隣の席だったけど、どこから来たとか、家はどこかとか、全然話した事なかったな。

 あの時ホテルの敷地から海を見ていたのは何故なのかも、結局聞けないままだった。

 今また、柏木への関心が芽生えてきて、何の事情があるか知らないけど、この際だから色々聞いてやろうと思った。



 やがて車は市街地を縫うようにさまよって、古いビルが建ち並ぶ一画のコインパーキングに停まった。

 地図を見ながら歩くコタ先生の後ろをついていく。

 市街地といってもここは、少し時代が止まったような佇まい。古そうな喫茶店や床屋、銭湯なんかもあった。

「…うん、ここだな」

 そう言って先生が立ち止まったのは、【■■スタジオ】と看板がなされている、小さな平屋だった。

 何の躊躇も無くコタ先生が正面玄関を開けると、灯りの無い細く長い渡り廊下が俺達を出迎えた。

 ずっと奥の方に閉まりかけの、映画館にあるようなドアがあって、その隙間から光が漏れていた。そこからだろうか、

(…のように…しなけりゃ…もっと…)

 途切れ途切れに、まるで廊下の仄暗い雰囲気を更に演出させるようにそんな声が響いて、情けないけど体の芯がブルッとした。

 そんな俺の様子に気付いてか、コタ先生は俺の背中にそっと手を置いて、

「あそこに、柏木がいるはずだ」

 ゆっくりと光の漏れる方へ誘導した。

 アイツほんとにいるのかよ、こんなヤバげなとこに。

 奥の扉に辿り着くまで、俺の心臓は一体何回脈打っただろう。



(ああ…アンナ、やっと、やっと君の元へ。
 ずっと君が気がかりだった…なのに…!)



 あれ、と思った。今の声は。





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