悠の詩〈第1章〉

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「柳内悪い、一度学校に戻るな」

「へっ、なんで?」

「理由は色々だが…まずトイレに行きたい(焦)」

 かあちゃんに見送られて家から数分離れた所で先生がそんな事を言うので、俺は吹き出した。

「言ってくれたら、ウチでトイレ貸したのに」

「生徒の家では遠慮するルールだ。
 けど…はあ、色んな家で飲み過ぎた(苦笑)」

 どうやらプリントの注意書きをスルーしたのは、うちのかあちゃんだけじゃなかったみたい。

 各家庭できっちりお茶とお茶請けを頂いてきた先生、俺ん家に来る前にも何度か学校に戻って用を足したって。

「コタ…土浦先生、なんかごめんね。うちでいっぱい足止めさせちゃって。
 柏木ん家、怒ってないかなぁ」

 学校の敷地内に入ったので、俺はコタ呼びをやめてそう言った。

「いや…実は今ぐらいの時間がちょうどいいんだ、柏木のとこに行くには。
 学校で組まれた時間ではどうしても都合をつけられないようでな…まあ、怒られるとかはないと思うから、その辺は心配するな。
 あ、柳内、昇降口まで行かなくていいぞ。職員玄関から…その来客用のスリッパを使いなさい」

 先生の言う通りに、いつもなら素通りの職員玄関に足を踏み入れた。

 グラウンドもそうだったけど、校舎の中もしんとしていた。家庭訪問期間は部活動も無しだから、生徒達は誰も学校にいない。

「お疲れ様でーす。あれ、誰もいないか」

 職員室の引き戸をガラッと開けた先生に続けて、「失礼します」と俺も入った。つーか、私服で入っちゃっていいのかな、俺。

 先生は自分のデスクに鞄を置いて、

「やばいやばいやばいやばい。
 柳内、そこで待っててくれ。すぐに済ませてくるから。
 誰か他の先生が来たら、俺が入れたって言うんだぞ」

 早口で言いながら内股でトイレへ走っていった(笑)





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