悠の詩〈第1章〉
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元はというと…梓さんの友達の家で生まれた仔犬達の里親を探していた、その中の一匹がイッサ。
それを梓さんが両親を猛説得して、後藤家で迎え入れた。イッサにとったら梓さんがご主人様、それはそれは大事に育てられた。
ごはん作りもお散歩も梓さんが率先してやっていた、樹深達の手ももちろんあったんだけど。
それが…梓さんにカレシが出来てから…
カレシとの時間を最優先する梓さんは、家でのお世話はするものの、散歩に連れていくのをやめてしまった。
徐々に梓さんとイッサの密な時間は減っていって…
時折姿のない梓さんを探すイッサを見るのはしのびない、と樹深は言った。
「…そういや俺、さっきバイト中の梓ねえちゃんに会ったぞ。
カレシも…三浦だっけ、いた」
「え」
「なーんかな。やーな感じなのな。
ちゃんと名乗んねーし。って、俺もまともな挨拶できてねーけど。にしたってさぁ。
梓ねえちゃん、アレのどこがいいんだ?」
三浦の態度を思い出して口を尖らす俺に、樹深は吹き出した。
「…ふっ、ほんとに。っていうか、辛辣なコメントだね、しかも呼び捨て(笑)」
「だってよー。あんな…梓ねえちゃんに対しても偉そうに。釣り合ってねーよ。別れねぇかな」
「(笑)(笑)
…本当に…俺ね、好きじゃないんだよ、あの人。
母さんが仕事でいない日を狙って家に来てた、その度に俺とイッサを追い出して…ずっと散歩に行ってろ、って。
一時期、ほんとひどくて…母さんが一度きつく言ってくれたから、それ以来うちには来なくなったけどね」
樹深の暗い所に触れた気がした。
部活に入れば家にいる時間を減せると前に言ってたのは、そこからか。
「こんな話してごめん」
樹深は空を仰いで申し訳なさそうにつぶやいたけど、どこか、スッキリしたようにも見えた。
…