悠の詩〈第4章〉
「春海ちゃん、今日部活は?」
樹深の問いと一緒にスルリとノートが指から抜かれた感触でハッとして、フルフルと首を振った。
じゃあ行こっか、ノートをカバンにしまいながら歩いていってしまう樹深の背中を追いかけて、昇降口を出たところでようやく並んだ。
そこからもまだ無言、野球部が無い代わりにサッカー部がグランドを占領して活気づく横を通り抜けていく。
「あのさ、春海ちゃんがよければ、このままさ」
俺ん家寄ってかない? 樹深の言葉を最後まで聞く前に「お前ん家に」と被せてしまったので、樹深は目を丸くした後でくすっと笑う。
「あー、でも、いいんかな? 俺が行ったらイッサが疲れちまうかも」
「またそんな、気ぃ遣う仲? 違うでしょ。イッサも逢いたいよ、きっと。
ちょっとでも持ち直している今の内に…ね」
後ろ暗さを感じてお互いに視線が定まらず、また黙り込んで歩いている内にもう樹深の家に着いた。
「ただいま。今誰いる? 春海ちゃん来てくれた」
玄関を開けながらよく通る声で樹深が声を掛けると、リビングの扉が少し開いて「え? 春海くん?」梓ねえちゃんが顔を出した。
様々な違和感を感じた。
玄関のたたきの隅に置かれたクッションベッドから身体を起こして尻尾を振るイッサ、
毎回眩しい笑顔をくれる梓ねえちゃん、
それを見て心臓が飛び跳ねるほどに嬉しい気持ちで溢れる俺、
──今日はどれもない。
梓ねえちゃんは俺を見ると寂しそうに笑って、
「いらっしゃい、イッサの…お見舞いに来てくれたの?」
扉を大きく開けて入るように促してくれた。
おじゃまします、声も足音も潜めてリビングに入ると、庭がよく見える窓際にイッサはいた。
玄関から移動されたクッションベッドの上で、こちらに背を向けて丸くなっていて、眠っている顔が窓ガラスに映ってよく見えた。
「様子はどう? ていうか、姉ちゃん今日バイトじゃなかったっけ」
「さっきちょっと起きてたんだけどね。
うん、これから行ってくる。行く前にイッサの顔見ようと思って。
お母さん、今ちょっと買い物に出てる。もうすぐ帰ってくると思うけど」
この姉弟、会話はしているが視線が交じらない、同じ命を捉えて離さないでいた。
「じゃあ私行くわね。
春海くんごゆっくり。いてくれる間にイッサがまた起きるといいんだけど」
お茶請けをサッと用意してくれてから、梓ねえちゃんは出掛けていった。
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