悠の詩〈第3章〉

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 15分くらい歩いただろうか、ちょっと口が寂しくなってぼちぼちおやつタイムかなと思い、螺旋階段のふもとまで戻ってきた。

 一段踏みしめた時にふと顔を上げると、柏木が、影になってて顔も見えなかったが背格好で分かる、上からこちらを覗き込んでいた。

「俺を呼びに来た?」

 上りながら携帯灯をそちらに向けると、「うわっ眩しい」柏木のしかめっ面が照らされて、「悪ィ悪ィ」慌てて足元に下げる。

「えーと、そういうわけじゃないけど。キミに用が…あるっちゃある」

 柏木がそう言い終える前に階段を上りきろうとしたのだが、塞ぐ様に階段出口のへりに両手を付いていたので、三段分間隔を空けて、柏木を見上げた。

「用?」

 何の? 心当たりは全く無く、首を傾げてみせると、「あー」所在無げに視線を彷徨さまよわせてから、観念した様に俺を真っ直ぐに見た。

 あれ、この感じ前にもあったな。 あぁアレだ、夏休みの時の天体観測。あの時と同じに、夜空の明るみを背に黒ずんだ柏木が俺に何かを言おうとしている。

 柏木の言葉を待っていると、柏木はふー、と細い息をついて(息が白くなって空へ上っていった)、こう続けた。

「誰も何も言わないけどさ…
 なんで、柳内くんに戻ってんの」

 は、と柏木十八番オハコの反応をしてしまう。何の事を言っているのか一瞬分からなかったし、理解が追いついても何故柏木がその事を聞くのか、結局分からない。

「由野の話か? 別に…よくないか? どう呼ぼうが自由だろ。
 俺だって、何て呼ばれようが構いやしないしさ」

「そうだけども。
 …まあ…そりゃそうか。
 キミらの間で解決してるんなら、まあ、余計な事言った、ごめん」

 柏木は首の後ろを掻きながら項垂うなだれて、ひとつ、ふたつ、段を下りてきた。

 間を詰められて思わず一段下がった俺、すっと伸びてきた柏木の人差し指にビクリとしてしまったが、それの意図は意外なものだった。

「本題はこっち。引き取るよ、ソレ」

 は、とまた口から出る。オマエさっきいらねえっつったじゃん、ドカジャン越しに内ポケットに入っているくまを軽く握った。

「劇団の誰かしら気に入ると思う。タダとは言わないよ、おいくら?」

 射的代は500円だったけど、ボソッと言ったのは、お代なんて元から要求するつもりは無かったから。

 でも柏木はそれをしっかりと拾って、財布から500円玉を摘んで、俺の手が受け皿になるのを待つ。

 俺が断る図なんて微塵も考えちゃいないなコイツ、なんだか笑えてしまって、「毎度ありぃ」ありがたく頂戴する事にした。

「さーてと、ちょっと食べたら、寝かせて貰おうかな」

 一連の儀式が終わると、柏木はさっさと皆の所へ戻っていった。

 一歩遅れて展望台のフロアに出た所で、「柳内くんちょうど戻ってきた、おやつタイムだよ」由野が大きく手を振って呼び寄せた。



 くまが柏木のダウンジャケットの内ポケットにしまわれる──俺の懐から、そこへ──さまを見た時に感じた、心臓の辺りのズシリとした重さの事は、何だろうとは思ったもののすぐに忘れた。

 それだから、くまの引き取り手が出来た報告を皆にする事も無かった。





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