悠の詩〈第1章〉
27/83ページ
振り返ると、コミックコーナーの所からダボッとした格好の男が恐い顔をして俺を見ていた。そしてゆっくりとこちらに近づいてきた。
訳の分からない因縁を付けられそうになって、思わず一歩後ずさると、梓さんが「コラ! やめなさいよ」と、まるで弟の樹深を叱るみたいに鋭い声を飛ばした。
男はハッとなって、「おぅ」とばつが悪そうに小さくなった。
「弟の友達よ。小さい時からよく知ってるの。
春海くん、こちら同じ高校の三浦くんで…」
そう言った梓さんの顔が赤くて、え、もしかして。
「…梓ねえちゃんの、カレシ??」
俺の言葉にさらに頬を赤くして、小さく頷いた。
その様子に三浦は勝ち誇った様に笑って、「へー弟くんの」とジロジロと俺を見た。
「どもです」と一応会釈したものの、なんでこんなのが? という疑問が沸くのは、ただの俺の嫉妬なのか。
「あず、まだバイト終わんないのかよ。俺ずーっと待ってんだけど」
「もう少しだから。そしたら一緒にお昼食べに行こ」
いや、単純にコイツが自己中だからだわ。梓ねえちゃんも甘過ぎ、何でそんなニコニコしてんの。
その場にいるのがあほらしくなって、
「じゃあね梓ねえちゃん。バイトがんばって」
と早口で言って出てきた。
出る時に一度振り返ったら、梓さんは手を振ってくれてたけど、三浦はスカした顔して目も合わせなかった。
俺の密かな初恋は、こうして幕を閉じた。なんて言えるほど気持ちは燃え上がってなかったけど。
でも、憧れのお姉さんがよりによってあんなのと。もっとかっこよくて爽やかなのがよかったな。
なんて考えてる内に、俺のお腹がぐーっと鳴った。そういやもうお昼過ぎてんだっけ。
今日は家に誰もいない、とうちゃんは仕事、かあちゃんは樹深のお母さんとショッピングだって。
昼メシ代は貰ってたから、どこかで買って、そうだな久しぶりにあそこの公園で食べるか。
…