はるみちゃんとぼく

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「お疲れ様です、こちら先程お伝えした…」

 スタッフさんが言いながらまずきれいなフェイスタオルを兼庄選手に渡して、汗を拭き終わるのを見計らって色紙とサインペンを差し出した。

「お待たせしてすみませんでした! ここまでご足労して頂いてありがとうございます」

 兼庄選手は僕達に丁寧にお辞儀をして、ホームランを打った時と同じ笑顔(パンフレットに載っているのとはまた違った)を見せてくれた。

 これだけで好青年だと分かる、子供心に思った。僕も、春海ちゃんも、うちのお父さんも、春海ちゃんのお父さんも、野球に興味の無いお姉ちゃんでさえ、兼庄選手に骨抜きになった瞬間だった。

 そして更に──兼庄選手は僕達に奇跡をくれたのだ。

「あ、使うのはこっちだけで」

 えっ、とスタッフさんが声を漏らしたのは、兼庄選手が色紙を押し戻してサインペンだけを手に取ったから。

 兼庄選手はおもむろにユニフォームのスボンの後ろポケットからボールを──今日のホームランボールを──出して、

「キャッチしてくれたのは、誰かな?」

 言いながらボールにキュッキュッと書き込んだ。

 お父さん達が春海ちゃんの背中を押すので、春海ちゃんは戸惑いながら一歩前に出て、

「おれ、です。
 あ、あとたつみとあずさねーちゃんも。
 三人で、一緒に掴みましたっ」

 僕とお姉ちゃんの手を取って、とても緊張した様子で兼庄選手に話した。

「たつみくん、あずさちゃん、っと…
 おれくんの名前は?」

「はるみですっ」

 自分だけ名前を言わなかった事が妙に恥ずかしかったのか、兼庄選手の問いに被せ気味に答えた春海ちゃんは耳まで真っ赤にしていた。

 兼庄選手はにこにこしながら書き込み続けて、

「はるみくん、っと…
 今日は〇〇年7月〇〇日…

 僕のホームラン、取ってくれてありがとう」

 サインペンのフタを閉めると、春海ちゃんとお姉ちゃんと僕の名前が入ったサインボールを、大きな掌に乗せて差し出した。





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