悠の詩〈第3章〉
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「悪い由野、引っ張り過ぎたか」
野球部で握力もそれなりにある、無意識に握り潰してしまったかと慌てて力を抜いた。
「ううん平気、私こそごめん」
タイミング掴めなかったね、言葉と共に由野が小さな手をひゅっと引っ込め、同時に俺の耳に再び喧騒が届いて、いくらか冷静を取り戻したようだ。
拡声器によるアナウンスが続いているという事は、向こうはまだ落ち着いていないんだろう。
「列が整理されたら通れるかな、待つしかないな」
「そうだね…三人共待ってるよね、心配させてるよね」
申し訳なさそうに顔を歪める由野、そんな、由野のせいじゃないだろ。
「まあ…大丈夫だろ? アイツら、特に丸山と柏木は絶対にそこにいるんだし、勝手に動いたりしないだろ… 樹深、は、合流してる、ハズ。うん、信じてる」
樹深に関してだけは確証が無いのでどうしてもどもる。
由野はふっと吹き出し、更に俺が続けた、
「あっ…そういえば俺、かあちゃんに皆からはぐれんなってキツく言われてんだった…これははぐれじゃないよな?
由野もいるんだから違うよな? むしろ由野も同罪ってコトか??」
滅茶苦茶な言い分を聞いて、ケラケラと笑いながら「なんでよ! 春海くんのお母さんに言い付けるよ!」俺の背中をバシバシ叩いた。
うん、いつもの由野に戻った。もうすぐ新しい年、変なモヤモヤを抱えたまま迎えるのはやだもんな。
あ、と俺はもうひとつ思いついた。
「そうだ由野、よかったらこれいる? さっき射的で当てたんだけど」
本当は全員揃っている所で披露して、欲しがるヤツがいるか聞こうと考えていたが、仮にそうなったとして、由野が一番に挙手しそうだったし、由野が持っている方が一番似合うと思う──そう結論した上で、ドカジャンの内ポケットからくまを取り出して、由野の前に差し出した。
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