悠の詩〈第3章〉
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「春海くん!」
また行列に阻まれて向こうへ戻れずにいると、背後から由野の声が飛んできた。
「おー。由野もそこのトイレだったか?」
「うん、入る時に春海くんが出てくるの見てたよ。悠サンと丸山くんには仁王様の所で待っててもらってる」
じゃあきっと樹深も合流してるよな、俺の事も伝えてくれてるだろう。
「で、私はお手洗いのついでにコレ」
ガサリと掲げたのはお菓子の沢山詰まったレジ袋。
「屋台のごはん買ってるけど、
天体観測の合間にみんなでつまもうね」
「またずいぶん買い込んだなあ。後で俺らに請求しろよ? ちゃんと払うから」
まあ柳内さんったらしっかりしてますね、樹深が言いそうな口ぶりで由野はカラカラと笑った。
そう話す間にも、俺達は行列に隙間が無いかと目を光らせた。すると、
「…あっ、春海くんあそこ、行けるかも」
由野が手招きをしながら、その見つけた所へ近づいていく。
すみません向こうへ渡りたいのですが、優しそうなカップルに丁寧に声を掛けようとする由野を、こんなアナウンスが遮った。
【──年始のお詣りでお並びの皆様にお知らせ致します。
最後尾が商店街の中程にまで延びており、通行の妨げになっております。
これより境内の一部を開放しますので、スタッフの指示に従って少しずつ前へお進み下さるようお願い致します。
階段下からベルトパーテーションを設置させて頂きます。こちらもスタッフの指示に従って、改めてお並び下さるようお願い致します。
皆様のご協力をとうぞよろしくお願い致します。
繰り返し申し上げます──】
アナウンス直後にどこからともなくスタッフの人達が現れて、「ここを始点に蛇行にテープ張ります」「階段の行列が動き次第、ゆっくりお進み下さい」テキパキと指示を出し始めた。
道を譲ってくれそうだったカップルは指示を聞いた波にさらわれてしまって、由野を申し訳なさそうに振り返った。
当の由野は、動き出した波に面食らってそこで固まってしまっている。
「そんな所で突っ立ってんなよ、クソが」舌打ちと共に乱暴な言葉が聞こえて、俺はハッとした。
「由野こっち」
咄嗟に由野の手を取って、言葉の主の視界から遠ざけようと、商店街のすぐ裏手の小道まで引っ張っていった。
いい大人が、大人だったかも怪しいが、あんな最低な振る舞いをするなよな。
「あ、の、春海くん、ごめん、ちょっと痛いかも」
由野の様子にも気付かず、商店街の喧騒が聞こえなくなってた位には、頭が瞬間沸騰していた。
…