はるみちゃんとぼく

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「あー、たしかにそうかも。聞く方も耳に残りやすいですしね。
 樹深歌うの好きだよなあ、やってみようか?」

 春海ちゃんのお父さんの言葉に、何度も頷いてうちのお父さんは言うけれど、僕、人前で歌うの好きじゃない。

 何故お父さんがそんな誤解をしているのかというと、家では、特に車内では、お父さんが流すカーステレオに合わせてお姉ちゃんと僕が遠慮なく歌うから。家族に聴かれるのは全然苦じゃないってだけなんだけど。

「はいはーい! おれ、応援団の歌分かるよ」

 僕がまごついていると、お姉ちゃんと話し込んでいると思っていた春海ちゃんが、急にこちらに割って入ってきた。

「おっさすが春海ちゃん、ちょっと聴かせてよ」

 お父さんの振りに気を良くして、えへんと咳払いをしてから春海ちゃんは歌い出した。

「おー、おー、おおおおおー、○○の空に、絵? をかいて…ナンとかしてぇ、ももえる、よ? ナンとかをぉ…
 打て打てかっとばせ、われらの…われらの、チョウシン? △△〜。
 おおおー、おおおー、スタンド越えて、
 …こんな感じ、たしか」

 分かったとはとても言い難い、虫食いだらけの歌だったけれど、実に堂々と、旋律メロディを崩す事なく最後まで歌い切った春海ちゃんを、僕達は可笑しくも誇らしく讃えた。

 それにつられるように、前の方でパラパラと拍手が起こって、

「坊やいいねぇ!」
「俺達も負けてらんないな!」

 応援団のお兄さん達がそう言いながら、太鼓やチアホーンで応援歌の旋律メロディを刻んだ。

「さあ皆さん、まもなく我ら○○の打撃に移ります! 一層気合い込めて、選手達に声援エールを送りましょう!」

 リーダーとおぼしき人が声を張り上げたタイミングで、主審の「アウト! チェンジ!」のコールが響いた。

 メガホンを叩く音と観客のうおおという雄叫びが、僕には地響きと熱風の様に思えて、倒れてしまわないかと心配になったが何とか踏ん張った。





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