悠の詩〈第3章〉

41/66

前へ 次へ


「──お前達こんな時間まで何をしている? 早く帰らんか!」

 この緊迫した空気をぶっ壊したのは、勢いよく開いた引き戸のガラガラ音と、社会担当のおっかないおじいちゃん先生、相馬そうま先生の怒号だった。

 ひいっと心臓が跳ねた俺達、

「すんません!」

「今片付けるんで!」

「すぐ帰ります!」

「さようならあ!」

 口々に言いながらバタバタと自分の荷物を掻き集めて担ぎ上げて、一目散に教室を、昇降口を飛び出した。

 相馬先生は追いかける素振りを見せはしたが、実際は廊下にほんのちょっと出ただけで止まって、「暗いから気を付けて帰りなさい」厳しい声と真逆の言葉を俺達に送った。



「──はあっ、び…っくりしたあ」

 グランドを抜けて正門をくぐる所まで全力疾走、ここまで来りゃ大丈夫だろと足を止めて振り返った。

 みんないるかと思ったら柏木ひとり。と、少し後ろの方で「春海ちゃん待ってよ〜、速いって〜」と樹深がのんびりゆったりこちらに向かっていた。

 由野と野上さんとやらは? 夕闇に目を凝らして探してみると、二人は裏門から出るようだった。

「長居し過ぎたね。私先行くから。キミらも早く帰りなよ」

 俺の横を通りすがりながら柏木は言った。

 オマエ、占い最後まで聞けなかったけどいいのかよ、あんな、よくなさそうなのばっかり並べ立てられてさ…

 とここで柏木が急に振り向いたので、俺の心の声が聞こえたのかと思ってぎくりとした。

 でもそうではなかった。柏木の視線は俺を通り過ぎていて、一拍置いて「悠サン、また明日!」と裏門から声を張り上げた由野を捉えていた。

 それを受けて、目一杯右腕を天に突き刺して二、三度横に振った柏木は、ふと頬を緩めて、今度は俺には何も言わず帰途へ駆けていった。

「柏木さん行っちゃった? バイバイしてないや(笑)」

 やっと樹深が追いついてそんな事を言うので、

「俺らも早く帰れだとよ、やべえな、母ちゃんの雷も落ちるかもしんねぇや(苦笑)」

 お前何でそんなのんびりなんだよ、と背中を叩いて樹深を急かしながら、足早に帰途に着いた。

 ふと裏門を見ると、由野と野上さんとやらがまだいた。

 ねえ琴葉ちゃん、うんたらかんたら、うんと距離が空いているから聞こえるわけがないんだけど、そんな風に見えた。

 実際には分からない。





41/66ページ
スキ