悠の詩〈第3章〉

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「春海ちゃーん、今日部活無いの? なら一緒に帰ろ」

 今前の扉のすぐ傍の席の樹深が、くるっとこちらを振り返って言った。

 あいつ、夏に春海ちゃん呼びを解禁されて始めの頃は、俺に一応気を遣ってか学校では小声だったのに、今じゃ遠慮無しに呼び掛ける。

 あいつの声めちゃくちゃ通るから、ビックリして振り返るヤツも未だにいる。

 俺が返事をしないもんだから、樹深は小首をかしげて俺に歩み寄ってきた。

わりィ、他のヤツと帰るから…って言ったら、お前どうする?」

 わざとぶっきらぼうにそう言ってみると、若干目を丸くしつつ樹深はこう答えた。

「ふーん? 仮にそれが本当だとして、へぇそう、じゃあまた今度ねぇ、って言う。
 そんでもって、一人で帰る。他をあたる場合もあったりなかったり(笑)」

 最後の方で何故かウケて、ひとり肩を揺らす樹深に俺の方が吹いてしまう。

「何故にそんな、試すような事聞くの」

「いや別に。男は気楽よなって話」

「???」

 ますます訳が分からないという顔をしながらも、それ以上は追及しない樹深。ちょうどいい具合に放っといてくれるこの関係が心地いい。

 俺達はそれでいいとして、由野と柏木。大分くだけた仲になったとは思うけど、どこかまだ、お互いに遠慮があるっていうか。

「もっと、ガツーンと行っちゃっていいんじゃねぇのかなぁ」

 柏木の「帰れそう」の言葉に、はちきれんばかりに顔を輝かせた由野。柏木の声だって、どこか嬉しさが乗ったように聞こえた。

 先約とかこだわらないで、折角訪れた機会チャンスにそのまま飛びついたらいいのに、なんて思う俺は少々無神経だろうか。

「なんだか知らないけど、自分の事じゃない事に悩んでる模様ですねえ」

 ご相談の際には是非俺をご利用下さいな、また面白おかしくまとめようとする、「ふっ」と俺が漏らすと、樹深はカラカラと笑った。





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