悠の詩〈第1章〉

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「わるいわるい、ユキ。ちょっと海をボケッと見てたー」

「お前こそ、ユキって言うなよ。女みてー」

「(笑)(笑)」

 本日のツレ、ユキこと清水しみず幸也ゆきや

 黒縁の丸眼鏡のブリッジを押さえてしかめっ面をしながら言うので、俺は笑うだけで返事をしなかった。

 俺がユキの横に追いつくと、そのまま並んで坂を下って、国道に出た。



 ユキとは小学校が一緒で、同じクラスになったのはたった1回しかないんだけど、少年野球チームでずっとやってきた。

 小学校卒業と共にチームも退会して、俺は学区内の市立中学へ、ユキは…頭がいいから私立へ。

「ハルごめんな。付き合わせて」

「別にぃ。どうせヒマだったし。あー、図書館来るのひっさびさだなぁ」

 春休み最後の日、ユキと遊ぶかと思い立って電話したら、借りてた本を返しに行くっていうから、俺が勝手についてきただけ。

 せっかく来たから何か借りていこうか、と思ったけど、俺、全然本読まないし。

 中学年の時に仕方なく作った、貸出カードの出番はほとんどなかった。

 げっ、しかも先月末で使用期限が切れてた。

 【柳内やなうち春海はるみ】の名前が記された、パウチされた簡単なカードはちょっぴりヨレヨレになってた。

「ユキー、ヤ。お前カード更新しないの」

 てっきり別のを借りるのかと思ったら、ユキは返却カウンターに足を運んだだけですぐに外に出ようとした。

 俺の質問に、ユキは少し寂しそうな顔をして、

「中学校の近くに、もっと大きい図書館があるから。これからはそっちを利用すると思う」

 ここには多分もう来ないよ、と付け加えて、完全に外に出た。





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