悠の詩〈第3章〉
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最後に…これも話しておこう。
文化祭の振替で月曜日が休みだったんだけど、朝早くからひとりで駅へ向かっていた俺。
「おぅい、柳内、こっちだこっち」
駅のそばのバスターミナルの一般車レーンから、コタ先生が車の横に立って大きく手を振る。
最終日の下校時、帰ろうとする俺を呼び止めた先生は、誰にも聞こえない様に短くこう告げたのだ。
(月曜日の午前9時、何も予定無ければ駅のバスターミナルまで来てくれな。
姿が見えなければ、来れないんだなって判断するから、気にしないでいいぞ)
何言ってんだ、と先生を振り返ったけど、先生はとっくに小走り気味に職員室へ遠ざかっていた。
春海ちゃんどうしたー? 昇降口から樹深が呼ぶ、樹深には…内緒なんだろうか? 疑問に思いながら、
こうしてコタ先生の言う通りに来てみたものの、目的がさっぱり分からねぇ。
「先生、おはよう」
「おう。突然提案して悪かったな。家の人は大丈夫だったか?」
「うん。とうちゃんは普通に仕事だし、かあちゃんは美容院行かなきゃって、俺より早くに家出たし。
でも昼過ぎには帰ってくるから、その時には家にいないと怪しまれるかも」
「そうか。まあ、ちょっと顔出すだけだから、うん、昼になる前には帰してやるからな」
さあ乗りな、助手席のドアを開けて先生は俺を促した。
どこに連れて行くんだろう、てか、またこんな、生徒を特別扱いするような事して、コタ先生大丈夫か? なんて心配をしてしまう。
そんな俺の気持ちなんて知るわけがなく、先生はご機嫌に鼻唄なんかしながら運転する。
それをBGMに、流れる景色を見ながら、あっと思った。
この道、たしか。
どんどん古めかしい町並みになって、以前来た柏木達の劇団の稽古場の近くだと分かった。
「覚えてるか? 家庭訪問の時の。でも今日はそこじゃないんだ、もう少し先の… すまん、ここからちょっと歩くからな」
あの日と同じパーキングに停めはしたけど、稽古場とは全く逆方向へコタ先生が歩き出したので、俺は慌ててついていった。
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