悠の詩〈第3章〉

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「どうした? 春海ちゃん?」

 俺の顔を樹深が覗き込む短い時間で、俺はざっと回想する。

 二日目の昨日、わざわざ休みを取ってとうちゃんがかあちゃんと一緒に展示を観に来てくれた。

 今日はそれの振替で土曜出勤するって言っていた。

 なのにどうして? 俺の疑問なんか知らないで(当たり前か)、スーツ姿のとうちゃんはコタ先生と距離を詰めて何か話している。

 ふととうちゃんがこちらへ視線を向けたと同時に、舞台の明かりがパッと点った。

 観客側全体が再び闇に紛れて、とうちゃんの姿も全く分からなくなった。

 主人公達が店の席に着き、物語が進み出した。

「ほらもうすぐにだよ」

 柏木が顎で舞台の方を差すと、丁度店主役の書記先輩が俺達に向かって目配せをした所だった。

 とうちゃんへの疑問は尽きないがひとまず置いておこう、俺は樹深と柏木と共に下手しもての端へ出た。

 同時に書記先輩がカウンターから出て来て、俺達に歩み寄る。

(もう少しこっちまで出ておいで)

 リハーサルの時よりもっと中央寄りに出された。俺達が帰った後に変更でもしたのか。

 スポットライトは主人公達に当たったままなのに、突然の俺達の登場に観客ギャラリーがざわつく。

 この時が実は緊張した。俺達ここにいてよかったのかなって、無意識に心が陰った。

 でももう後戻りなんか出来ねぇ、最後までやりきるしかない。自分に一本芯を通して、リハ通りに頼み込みの演技をした。

 俺の後ろで樹深と柏木が同じように頼み込む、そうする間に他の生徒会のスタッフが2本のギターと電子ドラムをセッティングする。

 観客ギャラリーのざわつきが徐々に大きくなる中、

「今から一曲始まります、旅の音楽隊だそうで。よかったら聴いてやって下さい」

 主人公達に向いて店主がそう言うと、わあっと歓声が上がった。

 重圧プレッシャーとか感じるより先に、それに背中を押される様に、俺達はそれぞれの位置にスタンバイした。





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